『東京サラダボウル』は社会への問題提起だけで終わらない “緑色”は勇気の証に

誰の懐にも入れる鴻田にとっても、エピソード7「神様とバディ」で有木野の過去に触れるくだりはシビアな瞬間だった。ドラマのスタートあたりから、鴻田と有木野は人身売買ビジネスを手掛ける組織、通称「ボランティア」と呼ばれる一味を追っていた。鴻田はボランティアを知る中国人労働者リンモンチ(李丹)と接触しようとしていたが、彼女は「上麻布署の織田さんには話す」という言葉を最後に、何者かに殺されてしまう。同時に、その織田こと織田覚(中村蒼)が、鴻田が警察官を目指すきっかけになったその人であったこと、有木野の恋人だったこと、そしてかつて警察署で起きたある誤訳事件の後に自殺していたと知る。

「アリキーノは、織田さんとは親しかったんだよね」と、鴻田は有木野に問いかける。閉鎖的な警察という組織で、おそらく有木野も織田もセクシャリティをオープンにはできなかっただろう(同僚に女性関係の話題を向けられながら廊下を歩いてきた覚が、誰にも見つからないように有木野の手を握る回想シーンが示唆的だ)。センシティブな領域に踏み込んだ鴻田の行動をどう感じるかは分かれるところでもある。彼が4年前の事件はすべて墓に持っていくと決めたと言い、「これ以上俺の過去に踏み込むことは止めてください」と鴻田を突き放すのは当然の流れだ。しかし、かけがえのない人を失った有木野の傷に触れる行為だと分かっていても、彼女はそうすると決めた。
「私が一番知りたいのは、どうしてアリキーノがやってもいない漏洩者のふりをしてるのかだよ。私は正直、警察の内部情報がマスコミに漏れたことなんてどうでもいい。でもアリキーノが漏洩者だと思われて、みんなから憎まれているのはどうでもよくない。だって、アリキーノは絶対違うから」
この言葉には「裏側に何かがあっても自分の目で見たこと以外信じたくないんだよね」と“決めた”、鴻田の勇気が明確に表現されている。
鴻田が警察官を目指すきっかけは、鴻田が通り魔事件に居合わせてしまったことだった。犯人が母子に襲い掛かろうとしたとき、スヒョンがスケッチブックに緑色を置くシーンがフラッシュバックのように差しはさまれる。すると鴻田は、犯人との間に割って入っていっていた。彼女にとって色を置く、すなわち初めて勇気を出した瞬間だった。そのとき「よく決めたね、立ち向かうって。誰にでもできることじゃない」と鴻田を励ましたのが織田だった。“誰も取りこぼさず、見捨てたくない”という決意は、このとき織田から受け取ったバトンだったのだろう。

SOSの発信の方法は、人によって様々である。友人が突然失踪して明らかに困っていたシェン(許莉廷)のようにはっきり伝えてくる人もいれば、「赤ちゃんとバインミー」編の“お父さん”こと王(張翰)のように何らかの事情で口に出せない人もいる。有木野のようにすべてを閉ざしてしまったまま、苦しみの中に自身を埋めてしまう人もいる。だから鴻田は、苦痛をオープンにする相手にも心を閉じた相手にも誰にも線を引かず、等しく飛び込むのだ。有木野と織田をよく知る張柏傑(朝井大智)から「二人に起きたことは二人にしか分からないよ」と諭されても、「そうかもしれない。でも私はもっとアリキーノのことを知りたい」と、勇気をもって緑色をスケッチブックに置き続ける。こうした勇気こそ、言葉の壁が生まれる“サラダボウル”を生きる私たちが、そんな障壁を越えてつながり合うために必要なのではないか。
エピソード7「神様とバディ」で、有木野が着ているシャツとジャケットは以前よりも濃い緑色をしている。鴻田の鮮やかなグリーンヘアとは少し違う色味だが、確実に近づきつつある。ラストに向けて、二人の間の線はもう一度消えるはずだ。
参照
https://x.com/TokyoSaladBowl/status/1877626430781030831
■放送情報
ドラマ10『東京サラダボウル』(全9回)
NHK総合にて、毎週火曜22:00〜22:45放送
NHK BSP4Kにて、毎週火曜18:15〜19:00放送
再放送:NHK総合にて、毎週木曜24:35〜25:20放送
出演:奈緒、松田龍平、中村蒼、武田玲奈、中川大輔、絃瀬聡一、ノムラフッソ、関口メンディー、朝井大智、張翰、許莉廷、喬湲媛、Nguyen Truong Khang、阿部進之介、平原テツ、イモトアヤコ、皆川猿時、三上博史
原作:黒丸『東京サラダボウルー国際捜査事件簿―』
脚本:金沢知樹
音楽:王舟
メインテーマ曲:Balming Tiger
メインビジュアル・デザイン:大島依提亜
メインビジュアル・スチール撮影:垂水佳菜
演出:津田温子(NHKエンタープライズ)、川井隼人、水元泰嗣
制作統括:家冨未央(NHKエンタープライズ)、磯智明(NHK)
プロデューサー:中川聡子
写真提供=NHK






















