『セプテンバー5』“報道人”の視点に限定した新しさ “未来への覚悟”も抱かせる力作に

なお『セプテンバー5』はドイツ・ミュンヘンの由緒ある映画スタジオ、バヴァリア・フィルムで撮影された米独合作映画。その「現地撮影」によるリアリティも、実録映画としての迫力を与えているに違いない。
本作の撮影はデジタルカメラ「RED」でおこなわれたが、粒状感や陰影のトーンなどを含めたフィルム感の再現が徹底されている。サスペンス映画としてのムードや時代感を醸成するためのテクニックであると同時に、当時の放送技術とも合致した合理的ルックでもある。

デジタル全盛の現在とは異なり、70年代当時はニュース番組のロケ取材でも、フィルム撮影が一般的だった。軽量な手持ちビデオカメラはまだ普及しておらず、本作でも描かれたように、報道用の16ミリフィルムカメラのほうが遥かに機動性に優れていた。ただし、撮影後には「現像」というひと手間を必要とし、現像後はフィルム編集台で素材チェックや音合わせ、編集がおこなわれた。ビデオ合成の技術も現在ほど簡単ではなく、テロップひとつ入れるにも細かい手作業による職人技が求められた。これらのアナログ時代における放送技術の克明な描写も、本作の見どころのひとつ。いまでは失われた番組制作現場のクラフトマンシップが、現代の観客の目にはたまらなく新鮮に映るのではないだろうか。
ちなみに、先頃公開された『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』では、1980年代以降の場面をわざと安っぽいアナログビデオ風の画質にしていた。技術的には対照的だが、意図したところは本作に通じているように思える。
人間味豊かな登場人物たちの巧みな描き分けによる、緊張と緩和のバランスも絶妙だ。本作において常に緊張にさらされ、葛藤に揺れる役割を主に引き受けるのは、責任者クラスの3人……現場を指揮する新鋭プロデューサーのジェフリー・メイソン(ジョン・マガロ)、予想外の事態に興奮を隠せないABCスポーツ社長ルーン・アーレッジ(ピーター・サースガード)、常に事実確認と放送人としての倫理を重要視する同社重役マーヴィン・ベイダー(ベン・チャップリン)。このトリオに加えて、優秀な通訳として八面六臂の活躍を見せるドイツ人女性スタッフ、マリアンネ・ゲブハルト(レオニー・ベネシュ)の存在もひときわ強い印象を残す。彼らの重厚なアンサンブルからも目が離せないが、それ以外の脇役にも細かい神経が行き届いている。
特に、アラブ系の血を引くフランス人技術者ジャックを演じる、ジヌディーヌ・スアレムの貢献度が大きい(セドリック・クラピッシュ作品の常連俳優として見覚えのある人もいるだろう)。彼のユーモラスな佇まいが、シリアス一辺倒に陥らない風通しのよさを作品にもたらしている。また、ジャックやマリアンネが体現する多国籍性も、オリンピックという背景に呼応する国籍を超えた相互理解や多様性といったテーマ性を、この群像劇に加えている。

もちろん、この作品をきっかけに、現在まで続くイスラエル・パレスチナ問題について考えてほしいとも思う。事件の全貌をあえて見えづらくする本作の「リアルタイム視点」にやきもきした方には、ケヴィン・マクドナルド監督による決定版ともいうべき長編ドキュメンタリー『ブラック・セプテンバー ミュンヘン・テロ事件の真実』(1999年)を推したい。また、イスラエルの諜報機関モサドによる報復作戦を描いたスティーヴン・スピルバーグ監督の実録アクションスリラー『ミュンヘン』(2006年)も必見の作品だ。
その徹底した報復精神・排除思想が、自国の若い兵士にトラウマを植えつけることになる皮肉で残酷な史実を、アニメーションとして描いたイスラエル映画『戦場でワルツを』(2008年)も、いまこそ振り返るべき作品かもしれない。きっと同じことがガザでも起きているのではないか、と想像せずにいられない。
『セプテンバー5』は、決して過去を描いただけのドラマではない。我々もまた「リアルタイムの目撃者」である以上、できるかぎり知識と思索を深め、判断力を鍛えなくてはならない……そんな未来への覚悟も抱かせる力作である。
■公開情報
『セプテンバー5』
全国公開中
監督・脚本:ティム・フェールバウム
出演:ジョン・マガロ、ピーター・サースガード、レオニー・ベネシュほか
原題:September 5
配給:東和ピクチャーズ
©2024 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
公式サイト:https://september5movie.jp/





















