吉田大八監督『敵』のステルスヒットが示す、劇場公開における口コミとロングランの重要性

『敵』が示す、口コミとロングランの重要性

 2月第1週の動員ランキングは、公開4週目にして『366日』が遂に初の1位に躍り出た。6位に初登場した後、5位、2位と着実にランクアップを果たしてきた同作。週末3日間の動員は18万1000人、興収は2億2500万円。公開から24日間の累計動員は106万8400人、累計興収13億7200万円。特定の過去のヒット曲をモチーフにした映画のヒットとしては、過去に『ハナミズキ』(2010年公開。興収28.3億円)、『糸』(2020年公開。興収22.7億円)などがあるが、いずれも時間をかけて幅広い年齢層の観客にも広がっていった作品という共通点があり、『366日』のヒットも「10〜20代の女性客」「ソーシャルメディアで話題」といったこれまでのキーワードだけでは語れない段階に入ってきた。

 トップ10にランクインこそしてないが、1月から2月にかけて注目すべき広がりを見せているもう一つの作品が、吉田大八監督が筒井康隆の原作を映画化した『敵』だ。1月17日に公開された『敵』は、先週末までに動員6万8600人、興収9400万円を計上。現時点で既に興収1億円を突破している。公開規模的に、興行通信社の集計では全体ランキングとミニシアターランキングの中間的ポジションの作品となるため、ランキングに上がることはない「ステルスヒット」となっているが、「東京で独り暮らしをしている老いた元大学教授の生活」という題材の地味さと、全編モノクロにして吉田大八作品ならではの攻めた演出と後半の驚きの展開をふまえると、公開3週目に入ってもいまだ客足が衰えていないことに口コミの力を感じずにはいられない。

 主演の長塚京三は現在79歳、作品のテーマは老い、ところどころ小津安二郎作品や成瀬巳喜男作品を思わせるようなテイストもある作品ということで、年配層の観客を集めているのかと思いきや、自分が足を運んだ回の場内の年齢層は思いのほか若い観客も多かった。作品の広がり方として、近年の作品ではヴィム・ヴァンダース監督、役所広司主演の『PERFECT DAYS』と近い傾向を見せている。ちなみに、『PERFECT DAYS』は約1年という驚異的なロングランの末に興収13.3億円を達成。『敵』がそこまでのヒットになることはないだろうが、少なくともロングランのコースにのっているのは間違いないだろう。

 コロナ禍期には、劇場公開から間を置かない配信公開が常態と化し、北米ではワーナー作品の劇場と配信の同時公開というほとんど社会実験のような公開方法も行われていたが、昨年の『侍タイムスリッパー』や今年に入ってからの『366日』や『敵』の広がりは、劇場公開における「口コミ」や「ロングラン」の重要性を再認識させることとなった。もちろん作品の出来がいいことが前提となるが、特に実写の日本映画をヒットさせるには、これまで以上に配給や宣伝の粘り強さが問われているのかもしれない。

■公開情報
『敵』
テアトル新宿ほかにて公開中
出演:長塚京三、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、中島歩、カトウシンスケ、髙畑遊、二瓶鮫一、髙橋洋、唯野未歩子、戸田昌宏、松永大輔、松尾諭、松尾貴史
脚本・監督:吉田大八
原作:筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)
企画・プロデュース:小澤祐治
プロデューサー:江守徹
企画・製作:ギークピクチュアズ
制作プロダクション:ギークサイト
宣伝・配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
製作:「敵」製作委員会
©︎1998 筒井康隆/新潮社 ©︎2023 TEKINOMIKATA
公式サイト:https://happinet-phantom.com/teki
公式X(旧Twitter):https://x.com/teki_movie

『今週の映画ランキング』(興行通信社):https://www.kogyotsushin.com/archives/weekend/

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