松重豊の“作家性”が光る 『劇映画 孤独のグルメ』がシリーズにもたらした新たな可能性

本作『劇映画 孤独のグルメ』では、劇場作品という条件から、瞑想的な要素を縮小し、これまでのドラマシリーズにおける人情ドラマ、アドベンチャー要素という、ドラマチックな部分を拡大した内容となった。この選択は、ドラマシリーズ最大の特異性が失われた残念さを感じる一方で、妥当な選択だともいえるだろう。
しかし、フランス出張が描かれる冒頭からの一連の演出では驚かされることになるだろう。音楽の方向性が激変したのである。これまでドラマシリーズの作曲は、音楽活動もおこなうマルチタレントな原作者、久住昌之が担当し、親しみある雰囲気を醸成していたが、本作では多くの楽曲をKan Sanoが手がけている。日本でも有数の実力を持つ音楽プロデューサーの参加により、音楽世界がはるかに豊穣なものとなり、ジャズやネオソウル、アンビエントのテイストが組み込まれる洗練されたサウンドと、赤松比呂志ら従来の撮影スタッフによる映像とのコラボレーションは、劇場体験としての『孤独のグルメ』の新たな可能性を提示するに至ったといえる。
とくに、パリの街角の店にぶらりと入り、拙い英語でコミュニケーションを取りながらオニオングラタンスープと出会うという流れは、ドラマシリーズを含めても『孤独のグルメ』史上、最上の映像体験だといえるかもしれない。
だが、パリに住む長崎出身の人物(塩見三省)に、長崎県五島列島の食材を集めてくるように頼まれたことで、ストーリーは意外な展開を見せ始める。隣の島へと移動しようとするも船に乗り遅れたことから、五郎は奇妙にもスーツ姿のまま、あろうことか大海原をSUPで移動しようとするのである。ドラマシリーズでは決してあり得なかった、常軌を逸した暴挙だ。第一、その絵づら自体が不穏極まりない。案の定、五郎は海で遭難し、ある島にたどり着くこととなる。
島には食の研究所があり、女性スタッフたちの振る舞うご馳走に舌鼓を打ちながら、五郎は「ここは竜宮城だ……」などと、呑気にも上機嫌になってしまう。映画ならではのドラマチックな展開だといえるが、これまでのリアリティを破壊していく松重豊の脚本は幻惑的なまでに異質だといえる。もともと映画監督志望で、シュールなテイストの短編小説を発表しているなど、クリエイティブに関心の高い松重だけに、この脚本は彼の作家性によるものだと理解できる。
また、松重本人が述べているように、伊丹十三監督の実験的なコメディ映画『タンポポ』(1985年)を参考にしているという点は、原作やドラマシリーズとも全く違うアプローチであり、作品への挑戦心を感じさせるものだ。それは、功績ある松重豊が監督を務めているからこそ許される方向性だろう。
この新たなコンセプトは、もちろん従来の『孤独のグルメ』のどれとも異なるものだが、前述したKan Sanoによるサウンドワークは、そんなテイストを受け止めるとともに、その音楽自体にドラマシリーズの瞑想的な要素をも織り込んでいる。本作のストーリーは、食材を集めてスープを作っていくというのが本筋だが、いみじくも塩見三省演じる人物のスープに対する感想がそうであるように、今回の劇場版が、新たな味わいとなりながら、これまでの要素も感じさせる塩梅になっているところが興味深い。
そして、ドラマシリーズの韓国人気に対する恩返しの意味から、韓国での食事シーンやユ・ジェミョンの出演などを実現させたり、また、“孤独ではない”グルメシーンを用意したり、劇中にて『孤独のグルメ』の構図を再現するメタフィジックな視点、さらに、離ればなれとなって、それぞれに寂しさを見せる男女に出会いながらも、両者を強引に結びつけ直そうとはせずに、意志を尊重して控えめな思いやりを見せるにとどめる五郎らしい慎ましい姿勢など、意外なポイント、共感できるポイントが多々存在するのも、本作の魅力だといえる。
人気を集めているドラマシリーズを、劇場版とはいえかなり異なったアプローチで撮るという挑戦は、非常に勇敢な製作姿勢だ。たしかに、ドラマ版も原作とはかなり異なる作風なのだから、ここでことさら保守的になる必要はないはず。今回のバランスは、『孤独のグルメ』という題材にまた新たな可能性をもたらしたのと同時に、原作とドラマ、ドラマと映画の関係に、より自由な風を吹かせたという意味で、意義深いものがあると思えるのである。
■公開情報
『劇映画 孤独のグルメ』
全国公開中
監督:松重豊
脚本:松重豊、田口佳宏
出演:松重豊、内田有紀、磯村勇斗、村田雄浩、ユ・ジェミョン(特別出演)、塩見三省、杏、オダギリジョー
主題歌:ザ・クロマニヨンズ「空腹と俺」
制作:共同テレビジョン/FILM
配給:東宝
©2025『劇映画 孤独のグルメ』製作委員会
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