田野優花主演のダークエロス『ぼくらのふしだら』の普遍性 欲望に支配される人間の怖さ

田野優花主演『ぼくらのふしだら』の普遍性 

 本作の言うところの「時間停止能力」は、想像以上に万能である。時間を細切れに刻んでいるのか、一体どういった趣向が凝らされているのかはわからないが、テスト中に時間を止めて成績を上げるといったオーソドックスな方法のみならず、人に対する攻撃にも使える。それによって、彼女は相手に対する怒りを思いのままに発散し、追い詰めた果てに、人を殺めようと思えば殺めることができるほどの能力を手に入れてしまう。恐らく本作にとって「時間停止能力」とは、「彼女が普段抑制していた欲望を具現化し、実行に移すための手段」を意味していると言えるだろう。万能な能力を得た彼女には全能感が漂い、気づいたらクラスの中心人物になり、成績も上がり、ついでに面倒な存在は排除し、順風満帆な日々を送っていた。しかし、「人の価値は自分ではなく他人の評価で決まる」と信じて疑わない彼女がそれでも「選ばれない」恐怖に苛まれるとき、その暴走は止まるところを知らなくなる。「分をわきまえない力に溺れ、破滅する人間が見たいのかもね、私を作った者たちは」というササヤキの台詞があるが、まさに本作は、そんな欲望のリミッターを外した人間の怖さが描かれている。


 彼女を誰が救うのか。彼女に惜しみなく力を与え続け、奪うことはしないことが、悪魔にも天使にも見えるササヤキか。それとも、常に彼女の欲望を受け止め続け、心配し、彼女以上に彼女を大切に思っている、谷崎潤一郎『春琴抄』の佐助を思い起こさせるほどの深い愛情を持った信一か。「人の価値は自分ではなく他人の評価で決まる」と思って焦る美菜実に対し、「人の価値って、能力とか社会的地位でもお金でもなくて、その人の内面と人格じゃない?」と答える信一の凪のような静けさは、嵐のような美菜実にとって、唯一の救いである。彼女自身にはなかなか気づいてもらえないのであるが。

 ところで、本作は彼女が主人公なのにかかわらずなぜ『ぼくらのふしだら』というタイトルなのか。そこには、ある秘密が隠されている。主人公・結城美菜実を主軸に動いていく物語の裏側にある、もう1つの愛の物語。それはきっと、頑張らなければ誰にも認めてもらえないと思っている美菜実のありのままを肯定してくれる。最後まで観たらまたもう1度最初から見直したくなるに違いない。

■公開情報
『ぼくらのふしだら』
テアトル新宿ほかにて公開中
出演:田野優花、かれしちゃん、植村颯太、木村葉月、石川翔鈴、岩永ひひお、中村公隆、もりゆうり
監督・脚本:小林大介
原作:大見武士『ぼくらのふしだら』(少年画報社『月刊ヤングキングアワーズ GH』刊)
制作プロダクション:NeedyGreedy
配給:フルモテルモ
製作:映画『ぼくらのふしだら』製作委員会
2024年/日本/74分/カラー/2:1/PG12
©大見武士・少年画報社/映画『ぼくらのふしだら』製作委員会
公式サイト:https://fushidara.net/
公式X(旧Twitter):https://x.com/fushidara_0103

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