『対外秘』イ・ウォンテ監督がノワールを撮る理由 「社会の最も本質的な姿を見せたい」
バイオレンスアクション『悪人伝』を手掛けたイ・ウォンテ監督の新作映画『対外秘』が、11月15日より公開中だ。激動の時代に善悪を超えて自らの生き方を貫く男性たちを描いた本作は、歴史的事実に根ざしたリアルなストーリーと、韓国のトップ俳優がぶつかる迫力の演技が融合した緊迫のサスペンスに仕上がっている。今回、第37回東京国際映画祭にあわせて来日したイ・ウォンテ監督にインタビューを行い、製作の経緯や俳優たちとの撮影秘話について話を聞いた。
極限状態に追い込まれた人間を描きたかった
ーー本作の舞台を、1992年の釜山にした経緯を教えてください。
イ・ウォンテ:総選挙と大統領選挙という大きな出来事が集中するという特別な時期と状況が重要でした。選挙とは、お互いが熾烈に争うシステムですよね。政治家も支持する人たちも敵味方に分かれて、社会全体が陣営として戦うドラマチックな面を持っています。それが1年に2つも集中しているので、政治に携わる立場にいると“このゲームで負けたら墜落するしかない”というような極限状況に置かれるわけです。『対外秘』は政治家の話ですが、たとえ理性的で優しい人もみな極限の状況に追い込まれたら、利己的にも卑劣にもなり、裏切るしかないかもしれない。そんなふうに人間の本性が現れるシチュエーションが、映画的にとても良いポイントでした。さらに政治家という権力を争う人間は、機会を利用し権力の本質に非常に近づく人間であるので、極限的な状態に陥ると思ったんです。
ーーなるほど。人間の“裏の顔”を引き出すための舞台設定だったのですね。
イ・ウォンテ:また、舞台は特定の地域の現象をイメージしたのではなく、ソウルや全羅道などの候補が他にもありました。釜山を選んだのは、歴史性があるからです。 朝鮮戦争の際に全国から陸続きで避難民がたくさん逃げてきたため、釜山にはさまざまな食や文化が集まっています。多くの人々が調和し、戦いながら生きてきたという背景とエネルギーがあるんです。そして韓国では、1988年にソウルオリンピックがありましたが、釜山は対象から除外されていたため未開発地域が多かったんです。なので開発をめぐる大金を目当てに利権がたくさん動いていました。実は私の故郷も馬山、釜山と同じく慶尚南道です。情緒的に通ずるものがあり、映画的に表現するのがとても楽でしたし、地元の方言で作りたかったということもあります。
ーー『対外秘』は、スンテ(イ・ソンミン)の隠れ家がレストランであることも含め、食事にまつわる要素や食卓を囲むシーンが多いのが印象的でした。
イ・ウォンテ:食事とは、日々何気なくやる行為ですよね。そんな日常的な状況でかなり恐ろしいことが行われているさまを見せたかったんです。例えばスンテが、地元の有力者たちと食堂で画策するシーンがあります。権力者というのは、何か大きな準備をするのではなく、まるで日常の動作のように権力を行使して悪事を働くのではないでしょうか。そして、人生において重要な決定をしなければならないことも、非常に日常的に行わざるを得ません。私たちは普通の生活をしている人々だからです。だから、食事の場でそのような決定をすることもできるのです。それが最も簡単に表現されるのが食事シーンだと思います。
ーーチョ・ジヌンさんは『大将キム・チャンス』、キム・ムヨルさんとは『悪人伝』と、お二方とも2回目のタッグですね。
イ・ウォンテ:(撮影当時は)2人は共演経験が一度もなかったので、どんなケミストリーが起こるのか想像しただけでもとても素晴らしく思えました。新しい面白さがあると感じていたので、キャスティングして本当に良かったです。チョ・ジヌンさんはたくましいイメージですが、実際はとても細かいディテールに凝った感情表現をする俳優なんです。ヘウンというキャラクターは、ごく普通の平凡で善良な人が、悪に堕落していきます。それは、自分の良心と信念が呵責を繰り広げることですよね。その苦痛、その微細な表現が上手にできる俳優がチョ・ジヌンさんだと思ったんです。一方、キム・ムヨルさんは、善良なキャラではすごく善良に、悪いキャラでは本当に悪く見えるという両面を持っています。ピルドは卑劣なヤクザで悪人ですが、実はこの人だけが一番優しくて純粋だったと思います。そんな人間の感情を持った二面性のあるキャラクターには、キム・ムヨルさんがとても合っていました。