柳楽優弥の“狂気”と黒島結菜の“歯”で完成 『夏目アラタの結婚』の予期せぬ展開に胸が躍る

『夏目アラタの結婚』は要素大盛り

 「今度の柳楽優弥は、いったいどのように狂っているのか」。彼の出演作を観るたびに、そんな期待を抱いてしまう。往々にして彼が演じる役柄は、狂気を帯びていることが多い。愛したジャンルに狂気的に入れ込む男であったり(『HOKUSAI』、『映画 太陽の子』、『浅草キッド』など)。あるいは暴力の化身であったり(『ディストラクション・ベイビーズ』、『ザ・ファブル』など)。あの隈取りを描いたようなクッキリした目の奥には、常に狂気が宿っているように見える。転職についてのCMで高橋一生と会話をしている時ですら、怖さを感じる。高橋一生は高橋一生でまた別ジャンルの狂気を感じるため、なおさらである。

 ただ今公開中の作品『夏目アラタの結婚』における彼は、死刑囚にプロポーズする児童相談員を演じているという。安定して狂っており、何よりだ。また、『誰も知らない』(2004年)で育児放棄されていたあの時の少年が、20年の時を経て児童相談員になっている点も感慨深い。もちろん両作品に関連性はない。だが、再婚・離婚を繰り返す母親の男関係のだらしなさが少年時代の主人公の人格形成に影響を与えているところなど、共通点も多い。このような生育環境が、主人公・夏目アラタの女性観・結婚観を歪ませてしまったのではないか。

 そのように考えていたが、彼が死刑囚にプロポーズする理由は、愛情ゆえではなかった。彼女に取り入り、消えた遺体の一部を探し出すためだ。まともだった、今回の柳楽優弥は。シリアルキラーに片思いする、狂った男ではなかった。では拍子抜けしたのかと言われると、とんでもない。ヒロインのインパクトが絶大だったからだ。

 ヒロインの名は、品川真珠(黒島結菜)。“品川ピエロ”の異名を持つ連続バラバラ殺人犯である。一見、華奢で可憐な美少女だ。だが、笑った時に覗くその歯は、恐ろしくガチャガチャで汚い。その汚い歯が、彼女を単なる美少女に終わらせない、不穏さを呼ぶ。そして、美しいものの中にある一片の欠点が、よりその対象を魅力的に見せてしまうこともあるのだ。

 筆者が中学生の頃、同じクラスにとても歯が汚い美少女がいた。でもその子はその歯を隠すこともなく、大きな口を開けて明るく笑っていた。予想はつくと思うが、筆者は密かにその子が好きだった。中学生男子という幼いホモソーシャルの世界では、「わかりやすい欠点」のある女の子のことを好きとは、とても言えなかった。だが密かにその子を好きな男子は、相当数いたと予想する。真珠担当の弁護士・宮前(中川大志)が語っていたように、痛々しさというものは、ある種の魅力なのかもしれない。

 その弁護士・宮前は、真珠を実は無罪だと信じてしまっている。アラタの同僚・桃山(丸山礼)も、一度真珠と面会しただけで、好意を抱いてしまう。「パールちゃん」とか呼んでしまう。最初は真珠を利用しようとしていたアラタも、面会を重ねるうちに真珠に惹かれていき……。真珠は恐ろしい“人たらし”だ。

 真珠にとっての“欠点改め魅力”となってしまっている、あの歯だが。公式パンフレットによると、原作者・乃木坂太郎の元には、何度か映像化の打診はあったそうだ。だがそのほとんどが、「ただ、ウチの女優をあの歯にするのはちょっと……」という雰囲気だったようだ。きれいな歯並びの真っ白な歯をした品川真珠。一片の欠点もない、完璧な美少女のシリアルキラー。そんな『夏目アラタの結婚』に、一切食指は動かない。

 乃木坂太郎は語る。「あの『歯』は自分の人生を奪われ続けた真珠の存在証明の象徴なので作者としてはそこは絶対に譲れない点だったのです」(公式パンフレットより)

 だからこそ、「あの歯は再現する」「可能な限り原作に寄り添った映像化をする」と約束し、原作者を口説き落とした古林茉莉プロデューサー。あの歯のマウスピースを作り上げた特殊メイクのこまつよしお。そして、絶対に喋りにくいであろうマウスピースを嵌めたまま演じ切った黒島結菜。彼ら彼女らの努力によって、「品川真珠」は生まれた。

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