『虎に翼』が朝ドラだからこそ伝えられるもの 原爆裁判と家族裁判を同時に描いた意義

『虎に翼』が朝ドラだからこそ伝えられるもの

 1955年、寅子(伊藤沙莉)、原爆裁判に関わる。朝ドラことNHK連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合)の第20週「稼ぎ男に繰り女?」では、寅子が新潟から東京に戻ってきて、かなりの難題に向き合うことになった。

 寅子のモデルの三淵嘉子さんが実際、8年にも亘る原爆裁判に関わっていたので、ドラマがはじまったときからこれをどう物語に取り入れるのか、史実を知る視聴者にとっては興味深かった。史実を事前に知らずにドラマを観てきた視聴者は、「原爆裁判」というものがあることを知り学ぶ機会になったであろう。

 「原爆裁判」とは、被爆者たちが原爆被害の賠償を日本政府に求めた裁判である。1955年、広島と長崎の被爆者5人が大阪地方裁判所と東京地方裁判所で訴えを起こし、1960年から1963年にかけて9回の口頭弁論が開かれた。審理は8年にも及び、東京地裁は、日本政府への賠償は認められないと判決を下す。だが「米国の原爆投下は国際法違反」であると明言した。国際法違反であることに触れたことが歴史的には重要とされている。3人の判事の合議制とはいえ、三淵嘉子がその判決に至る過程に参加していたことは注目に値するが、守秘義務もあってか、当時彼女が何を思い、どんな意見を出したのかはわからない。

 この歴史的空白部分である当人の心情をどう描くか。これまで三淵嘉子をモデルにして、自由に想像の翼を広げてきた『虎に翼』にとって、最大の力の見せどころではないだろうか。被爆者の弁護を雲野(塚地武雅)が引き受け、轟(戸塚純貴)とよね(土居志央梨)に手伝ってほしいと頼みにくる。寅子と共に判事として関わるのは、東京地裁民事第24部で上司となった汐見(平埜生成)である(ちなみに東京地裁の所長は桂場(松山ケンイチ))。

 雲野は、お金にならなくても困っている民衆の案件を引き受ける人権派である。轟は同性愛者(第100話で寅子に明かされる)、よねは男装を貫いて弁護士になった。汐見の妻は朝鮮人。裁判に関わる者たちが、社会的マイノリティーへの理解をもった人たちであることは偶然か必然か。だが、この週ではまだ「原爆裁判」はメインにならない。メインになったのは猪爪家の「家族裁判」だった。

 番組がはじまる前の会見で、尾崎裕和チーフプロデューサーはリーガルエンターテインメントと謳ってはいるが、「ある種の解決に導かれることでカタルシスがあるようなドラマティックなリーガルエンターテインメントという部分もありますが、朝ドラなので、ホームドラマの部分もあります。毎回、法廷エピソードがあるというよりは、物語の流れの中で何度か登場するという感じになると思います」(※)と話していた。

 『虎に翼』はあくまで朝ドラであり、特集ドラマではないのである。だから「原爆裁判」を仕事として引き受けた寅子は、それと同時に、自身の結婚問題や、弟・直明(三山凌輝)の結婚にあたって花江(森田望智)と同居するか否かの問題にも頭を悩ますことになる。

 裁判官の日常は想像できないが、仕事とプライベートとが当然あるだろう。いや、しかし、最初に原爆裁判という課題を与えられたとき「争点は多岐に渡りますね」「あの戦争とはなんだったのか」と語っていたように、さっそく資料に当たり調べ学ばなくてはならないことが山積みになり、ほかのことに関わっていられなくなりそうと素人には思える。そうなるのはもっと先のことなのか、寅子は、航一(岡田将生)の家に挨拶に行ったり、実家に航一を呼んで、まとめて花江と直明の同居問題に関して「家族裁判」を行ったりプライベートで大忙しである。

 原爆裁判と家庭裁判が平行する構成に関する視聴者の反応をSNSでざっと見ると、賛否両論であった。終戦の日の週に原爆裁判を取り上げたことを称賛する声、取り上げるのはいいが、家族裁判などとの取り合わせが良くないのではないかという意見、等々。物語にどっぷり浸りたい層と、ふだん朝ドラを観ていないが題材に興味をもって観ている層とで差があるようだ。

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