宮藤官九郎は一体どこに向かうのか? 『新宿野戦病院』の“雑さ”の裏側にある平等

『新宿野戦病院』の“雑さ”の裏側にある平等

 フリーダム!  “病院内でのマスクなどの感染対策に関しては、ドラマの演出を優先させて頂いております。”

 『新宿野戦病院』(フジテレビ系)公式サイトの下のほうに小さくこの一文が載っている。野戦病院を舞台にした名作ブラックコメディ『M★A★S★H マッシュ』(ロバート・アルトマン監督作)でも治療の場面ではちゃんとマスクをしていたのに、『新宿野戦病院』、なかなか攻めている。

 宮藤官九郎作品はものすごい速度と強度と熱量でセリフをまくしたてるときの俳優の表情の、苦悶に歪むような迫真具合(簡単にいえば緊張感)がおもしろさのひとつなので、マスクで隠してしまっては魅力半減ではあるだろう。

 リアリティーを優先しない表現の自由は、小池栄子演じる軍医経験を持つ医師のヨウコ・ニシ・フリーマンが「雑に」命を救うと言っていることにもフィットする。宮藤の前作『不適切にもほどがある!』(TBS系)では「寛容」を謳っていたけれど、今回は「雑」、英語でいえば「ラフ」。「住めば都」でも「住めば都蝶々」でもどちらでも構わないこだわりのなさ。ラフ&フリー。命をいい意味で平等に雑に助けるヨウコの名字はフリー(自由)マンである。

 ヨウコがふらりと現れた街は、新宿歌舞伎町。人種のるつぼで、行き場のないひとたちの吹き溜まり。令和のいま、健全な歓楽街を謳っているとはいえ、ひじょうに雑然とした地域である。そこに誰でも受け入れてくれる病院「聖まごころ病院」があった。そこではちょうど外科医を欲していたところ。ヨウコは日本での医師免許はないが、腕は確か(でも雑)。成り行きで外科医として働くことになる。

 聖まごころ病院を中心に、ホストやキャバ嬢、ホームレス、トー横キッズ、外国人難民などさまざまなバックボーンを持つ“ワケあり”で問題を抱えた人たちが行き交う。ワケありな人たちの群像劇は宮藤官九郎の真骨頂だ。「トー横、ホスト、反社、オーバーステイの外国人、ホームレス、コンカフェ、ラーメン二郎。よく考えたら、まるで僕のために用意されたようなワクワクする設定」と公式サイトで宮藤はコメントしていて、初回から、筆が乗ったようであった。ワケありそうな個性的な人たちが次から次へと出てきて、情報量過多、ほんとうに歌舞伎町を歩いているような気持ちになる。「ラーメン二郎」が何度も連呼されてお腹もいっぱいになった。最近の歌舞伎町のアイコンのようなゴジラも出てきた。

 聖まごころ病院は、歌舞伎町の「赤ひげ先生」と呼ばれる高峰啓介(柄本明)が院長にして外科医だが、彼はもう高齢で手術の腕がちょっと心配。美容整形外科で麻酔の勉強をしに来ている甥の高峰享(仲野太賀)は医療をビジネスと考えている。啓介の弟にして亨の父(生瀬勝久)はこの病院を売って儲けたい不動産コンサルタント。親子そろってお金のことばかり考えている。啓介の娘でソーシャルワーカーの高峰はずき(平岩紙)は医師免許がないのがコンプレックス。医者と結婚して病院を継ぐのが悲願だ。

 病院で働いているのは、妻子持ちながらパパ活に憧れる内科・小児科医の横山(岡部たかし)、女性か男性かわからない看護婦長・堀井(塚地武雅)、泌尿器科、性病科の田島(馬場徹)、給料を何カ月も支払ってもらっていなくても献身的に働く経理担当・白木(高畑淳子)と第1話にして、皆、それぞれ印象に残る。ほかに、NPO法人「Not Alone」新宿エリア代表の南(橋本愛)、交番の巡査・岡本(濱田岳)などが病院に出入りしている。それぞれのちょっとへんなところ、でも愛らしいところ、清らかそうなところ、薄汚れたところ、すべて漏れなく描くのも宮藤作品の魅力である。

 吹き溜まりに舞い降りた天使のような南すら、行き場のない若者や老人、外国人に親身になって相談に乗ろうと日夜、真摯に働いていると見せて、裏の顔も持っているようだ(もしや『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)のヒカル(加藤あい)的なキャラ?と第1話の終わりは思わせたがはたして?)。

 南は亨に「この世界は平等ではない」と言う。対してヨウコは戦場では命は平等だと言う。資本主義が極まっているアメリカはお金のあるなしでいやおうなく不平等である。だが戦場では違う。お金持ちも貧乏人も戦場では関係なくみんな平等に危ないとヨウコは実感していた。かつて「命は平等に価値がない」という名言があった。新井英樹の漫画『ザ・ワールド・イズ・マイン』であるが、これに匹敵するような、戦場では命は平等であるというヨウコのアイロニーに溢れた名言。そして彼女は目の前の命を救う(雑に)ために医者をやるのだ。ここにはゾクリとなった。

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