『燕は戻ってこない』は“資本主義社会の負の側面”が主テーマに 黒木瞳が存在感を発揮
『燕は戻ってこない』(NHK総合)は、人工授精、卵子提供、代理出産といった生殖問題に端的に切り込んだ作品である。本作について考えをめぐらせると、卵子の価値、家族関係、子どもの人権といった問題にもたどり着く。
また、本作の主テーマに資本主義社会の負の側面があることも見落とせない。リキ(石橋静河)が日本では認められていない代理出産の世界に踏み込んだのは経済的な理由からだ。彼女は真面目に働いても手取りは14万円程度で、ささやかな贅沢もほとんどできない。一方、代理出産の依頼者は元トップダンサー・基(稲垣吾郎)と有名イラストレーター・悠子(内田有紀)夫妻である。特に、基は子どもを強く望んでおり、子どもを授かるためなら手段や出費は厭わない勢いだ。といっても、それにまつわる支払いは基の母・千味子(黒木瞳)であるのだが。
視聴者は「卵子の価値」について真摯に考えなければならない
本作では、卵子の価値が視聴者に問いかけられている。第1話の冒頭におけるゆでたまごをアパートで茹でるリキのシーンからも察せよう。
「なにもピーピー騒ぐことじゃない。要はただ卵の話だ。卵は卵。人格もへったくれもない。親鳥だって卵を取られたからって気にしちゃいない」
このシーンでは210円の値札が貼られた卵のパックが映っている。家計に余裕がないリキには低価格で、栄養価が高い卵は好都合の食材だ。卵の価値の低さを視聴者に印象付けているとも解釈できるシーンである。
そもそも、人間は卵を軽く扱いすぎではないか。卵が存在しなければ生命は誕生しない。スーパーなどで売られている卵は無精卵が大半であり、孵化しないものがほとんどといわれている。しかし、鶏が一生懸命に産んだ卵、つまり“我が子”であることに変わりない。また、卵は生命や誕生の象徴でもある。それにもかかわらず、(近年は物価高の影響でそこまでではないものの)卵は1パック1個あたり20〜30円という破格の値段で売られている。
リキはゆでたまごを茹でていると、職場の同僚・テル(伊藤万理華)から「50万円だよ。卵子渡すだけで」というメッセージを受け取る。リキはテルの誘いで代理出産の世界に足を踏み入れるが、卵子提供を軽く考えているテルに対し、リキはこの問題を深刻にとらえている。ふたりはコンビニのイートインスペースで食事をしながら卵子提供について話す。卵子提供と献血は同じものと考えるテルに、リキは次のように主張する。
「よく考えてよ。自分の卵子からできた子どもが知らないうちに世の中のどっかにいるとかさ、想像しただけで不気味なんだけど」
リキのこの考えは的を射ている。自分と顔や気質が瓜二つの人がこの世界に存在すると思うと奇妙だ。自分と似ていなかったとしても、自分の遺伝子を受け継いだ人が同じ世界で暮らしているとなれば気になるものだ。とはいっても、テルのように気にしないタイプの人も存在することも確かだ。
本作では鶏の卵がほとんどの人間にとってゆでたまごでしかないように、卵子についても表面上は生命とは切り離されて描かれているシーンが多い。興味深いのは、本作が卵子の価値を定めているのではなく、視聴者に卵子の価値、ひいては代理出産の是非を問いかけていることにある。