坂本真綾、『黒執事』の16年を経たいま声優業に思うこと 「最後に残るのは人の内面」
時は19世紀、英国。名門貴族ファントムハイヴ家の執事セバスチャン・ミカエリスと、13歳の主人シエル・ファントムハイヴが“女王の番犬”として裏社会の汚れ仕事に身を投じるアニメ作品『黒執事』が、7年ぶりに「寄宿学校編」として帰ってくる。
新章の幕開けとなる舞台は、英国屈指の名門校・ウェストン校。セバスチャンとシエルは、この学び舎で起きた生徒失踪事件の真相を探るため、潜入捜査に乗り出す。
シエル・ファントムハイヴを演じるのは、2008年の第1期から16年もの間、彼の声を紡ぎ続けてきた声優の坂本真綾だ。普段とは違う同世代の若者に囲まれた環境で、シエルはどんな表情を見せてくれるのか。前作の劇場版から7年越しの“シエルとの再会”を果たした坂本に、共演者への思いから、声優人生を支える哲学まで、黒執事とともにした16年間の歩みを聞いた。
『黒執事』に帰ってきたと感じた瞬間
ーー今回のアニメ化の知らせを聞いた時の率直な感想から聞かせてください。
坂本真綾(以下、坂本):シエルを演じるのは劇場版『黒執事 Book of the Atlantic』以来になります。それからもう何年も経っていたので、また新しくテレビシリーズをやるとは思ってもみませんでした。原作が続いている人気作品なので、また映画とかの単発作品ならあるかもしれないとは思っていたんですが、テレビシリーズでやるというのは意外でした。だからこそ嬉しかったです。まだまだ黒執事を待ち望んでいるファンの方々も多いと思うので、みなさん喜んでいただけるのではないかなと。
ーー最初のテレビシリーズから数えると、16年が経ちました。
坂本:そうなんですよ。同じ業界で働く声優さんやアニメ関係のライターさん、アニメーターさんなど、いろんな方から、当時中高生だった時に『黒執事』を観ていて大好きだった、影響を受けた、好きなキャラはシエルだった……など言っていただく機会が増えてきて。そういうお話を通して時の流れを感じる一方で、『黒執事』が多くの方の記憶に残る作品になっていて、しかもそれがきっかけでアニメ業界で働きたいと思うまでに至ったというのは本当に嬉しく思います。
ーー本シリーズでは新たな面々が登場する中で、新キャラ以外のキャストは同じ顔ぶれが揃っています。
坂本:今回はスタッフもほぼ一新しているにもかかわらず、前作のキャストをそのまま使ってくださっているのは、本当にありがたいですね。作品は続いていくとは思っていたんですけど、自分がまたシエルとして呼んでもらえるかは本当に保証もないですし、新しいシリーズでやるとなったら、「キャストも一新してやってみよう!」ってこともあり得たと思うんです。監督もセバスチャンとシエルに関しては、「キャストの2人がよくわかっていると思うから、演技に関しては基本はお任せします」と最初におっしゃってくれて。もちろん個々のシーンでディレクションはありますけど、そのくらい信頼していただいているのは嬉しいですね。
ーー前作から時間が空きましたが、すぐにシエルの役柄に入り込むことができましたか?
坂本:思った以上にスムーズに入り込めた気がします。そもそも一番最初のTVシリーズの頃は、私自身があまり少年役を演じたことがなくて、低音の声でお芝居をするのにとても苦労した記憶があるんです。シエルを上手く演じ切れているのかどうか毎回悩みながらのアフレコでした。だから今でも、またシエルを演じることが決まるとその時の緊張がよみがえるんですけど(笑)。でも月日を重ねるうちに少年役の経験も増えましたし、他作品で得たものを今の演技にフィードバックできるようになりました。何より、小野大輔さん演じるセバスチャンとの掛け合いシーンで「ああ、これこそ『黒執事』だ」と、お互いにすぐ感覚を掴めたことが大きかったですね。
ーー「『黒執事』に帰ってきたな」と思う瞬間だったわけですね。
坂本:第1話ではセバスチャンはなかなか喋らないんですが、やっと出てきて一声発した時には安心しました。久しぶりのシエルで、これまでのシリーズと違うシエルの表情も多いので、「これでいいのかな?」と不安になりながらAパートのテストをやってきたんですけど、最後に小野さんが一声喋った時に、受け止めてもらえたような。小野さんは変わらずセバスチャンのままそこにいて、全ての基準として存在している感じがあるんです。やっぱり長年一緒にやってきたからこその、お互いの信頼感を感じましたね。
「今の私にはこういう演技も楽しめるようになったんだな」
ーー改めて、今回の「寄宿学校編」の台本や原作を読んだ時の印象はいかがでしたか?
坂本:ここだけ切り取って読んでも面白いですし、『黒執事』の世界観をよく知らない人でも入りやすい内容だなと。一つの大きな謎を追う途中で小さな謎についてもどんどん明かされていくので、サスペンス仕立てのストーリーを追う爽快感があって。でもシエル自身は普段とは違った、同年代の男の子のような顔を演じてみせる場面が多くて、いつもの黒執事とは一味違う雰囲気なんですけど、物語の終盤でダークな一面が出てくると一気に「あ、やっぱり『黒執事』だったな」と引き戻されるんです。コミカルさとシリアスさのバランスが絶妙で、観ている人を引き込む面白さがありました。
ーー「寄宿学校編」の始まりは他の章と比較するとポップな印象もあります。
坂本:今回のシリーズでは、新キャラクターを演じる声優さんたちの中にも学生時代に原作を読んでいたという方が多くて。男性ファンも意外といらっしゃるようですね。原作のファン層は女性が中心だったのかもしれませんが、アニメ化をきっかけに男性のファンも増えたと聞いたことがあります。だからこそ、今回を機にまた新しいファンが増えてくれたら嬉しいなと思っています。
ーー「寄宿学校編」では、シエルが同世代の生徒たちと交流する中で学生らしい一面を装う場面も。新たに意識した演技のポイントはありますか?
坂本:そうなんです。これまでのシリーズでは葬儀屋(アンダーテイカー)やグレルといった濃いキャラクター……いわゆる人間ではない登場人物たちと絡むシーンが多かったので、シエル役としては常にクールにいようと心がけていました。でも今作のシエルは寄宿学校に普通の学生として潜入しているので、場面によっては感情の起伏も激しくなります。学校生活を送る中で見せる、今までにないシエルの感情表現は新鮮でしたし、自由度の高い役作りができたのは楽しかったです。その一方で、セバスチャンとの二人きりのシーンではいつも通りのシエルに戻るのですが、そのギャップを演じ分けるのはなかなか難しかったですね。15年前の私だったら、そういう細かいニュアンスを表現するスキルが足りなかったかも。積み重ねてきた経験を活かすことができる年齢になって、今の私にはこういう演技も楽しめるようになったんだなと実感しています。
ーー坂本さんから見たセバスチャンの印象を聞かせてください。
坂本:シエルにとってセバスチャンは、利害でしかつながっていないはずのビジネスパートナー。本来なら心を許せる相手ではないんですが、今作を客観的に見ていて、すごく頼っているように感じました。セバスチャンは計算高い悪魔だけど、ついつい惹かれてしまう魅力があるんですよね。冷たさと優しさを使い分ける、一度ハマったら抜け出せないタイプの男性だなって(笑)。でも、坊ちゃんのことは特別に思ってくれているんだろうなというのは随所に感じました。
ーー今回はシエルと学園生活を共にするP4(プリーフェクト・フォー)というキャラクターたちも見どころの一つです。新キャラクターを演じるキャストとの共演はいかがでしたか?
坂本:若手声優さんたちが加わったことで、現場に新しい風が吹き込んだような気がします。リジー(エリザベス)や使用人たちなど以前から登場しているキャラクターたちのセリフを聞くと「ああ、なつかしい」「これぞ『黒執事』!」というわくわく感がよみがえる一方で、P4が登場するシーンでは「こういう切り口があったのか」と新鮮な驚きがあって。彼らのキャラクター造形は原作でもかなり魅力的に描かれているんですが、声優さんが演じているのを聞いて、想像していた以上の存在感を感じましたね。それぞれの個性がすごくはっきりと描かれていて、4人のバランスが絶妙だなと思って見ていました。
ーー第1話の見どころを教えてください。
坂本:やはり最後のセバスチャンの微笑みシーンは圧巻ですよね。主人の望みをかなえようと画策し始める……。15年前とはアニメ制作の技術も進歩しているので、今だからこそ再現できるクオリティの高い表現になっているのではないでしょうか。