第96回アカデミー賞は授賞式として“格段に”良くなった? 6つのハイライトを解説
日本時間3月11日に第96回アカデミー賞授賞式が開催された。日本映画からは3ノミネート中2作(『ゴジラ-1.0』『君たちはどう生きるか』)が受賞に至るなどの快挙を成し遂げた。本稿では近年の授賞式と違う雰囲気、発表の仕方、今年のサプライズまでハイライトを振り返りながら解説していこう。
冷遇された『バービー』への最大の配慮
まず、一夜を通して感じたのは、『バービー』への配慮だ。今回で4度目の司会となるジミー・キンメルの登場シーンでは『バービー』の劇中シーンが使われたり、オープニングソングにもデュア・リパの「Dance The Night」が使用されたり、ジミーが最初のモノローグで『バービー』の監督、グレタ・ガーウィグに対して「監督賞にノミネートされるべきだった」とみんなで拍手を送る場面を設けるなど、今回のアワードで冷遇された『バービー』に対して称賛する時間が多かった印象だ。実際、『バービー』は全世界で2023年最大のヒットを記録し、ワーナー史上最高興行収入記録を更新したにもかかわらず全7部門8ノミネートのうち、歌曲賞(「What Was I Made For?」ビリー・アイリッシュ&フィニアス・オコネル)の1賞のみの受賞となった。
しかし、歌曲賞ノミネートのライアン・ゴズリングによる「I’m Just Ken」のパフォーマンスで会場が最高に盛り上がりを見せた点でも、『バービー』の色が濃い一夜だったように感じる。「I’m Just Ken」のステージはこれまでの歌曲賞パフォーマンスと比べても非常に凝っていて、シム・リウやキングズリー・ベン=アディルも登壇して踊ったり、ゴズリングがマーゴット・ロビーやガーウィグ、アメリカ・フェレーラらにマイクを渡して歌ったり、カメラワークを切り替えて最大のショーを見せてくれた点が素晴らしかった。特に『バービー』のキャスト陣以外にマイクを渡したのが大親友のエマ・ストーンだったことも、2人の絆の深さが感じられて尊い。間違いなくこのパフォーマンスは本アワードの最大のハイライトだったと言えるだろう。
「称賛」に重きを置いた発表、リスペクト溢れるプレゼンテーターたち
さて、今年のアカデミー賞で印象的だったのは時間の使い方と丁寧さだ。例年に比べて開始時間が1時間早まった授賞式は司会のジミーがオープニングモノローグで「開始を早めたけど長いから覚悟して」と言っていたもののトータルでは3時間23分、第95回が3時間37分、第94回が3時間40分だったのに対してむしろ時間が短縮されている。今年はノミニーの紹介を丁寧に、時間をかけてやっていたにもかかわらず驚きの結果だ。
このノミニー紹介の丁寧さが本当に素晴らしかった。助演男優、助演女優、主演俳優、主演女優の部門を過去に受賞した俳優陣が5名ずつ登壇し、それぞれがノミネートされた俳優に称賛の言葉を送るのである。その言葉が受賞スピーチ並みに真摯なメッセージだからこそ、受け取ったノミニー側にも響いていて、涙を流しそうになる者も続出。従来のアカデミー賞の大概は受賞有力候補がすでに決まっていて、そうでないノミニーは名前だけ紹介されると、後は賞を獲った/獲らないで話が終わってしまう。なので受賞を逃した者たちにとっては、負け試合に出席しにいくような苦さもあるのだ。
しかし、今年は受賞者を発表する前に一人一人の作品内での演技やこれまでの功労を讃えることで、彼らも報われた気持ちになれた。特にキリアン・マーフィーの受賞が確実視されていた主演男優賞の発表ステージでは、ニコラス・ケイジやマシュー・マコノヒー、ブレンダン・フレイザー、フォレスト・ウィテカーによって讃えられたポール・ジアマッティ、ブラッドリー・クーパー、ジェフリー・ライト、コールマン・ドミンゴの表情から純粋な喜びと感謝が伝わってくる。加えて、助演女優賞の部門では『ウエスト・サイド物語』で「アメリカ」を歌ったプエルトリコ出身のリタ・モレノが、両親がホンジュラスからの移民であるアメリカ・フェレーラの名を力強く「アメリカ!」と呼ぶ瞬間にはさまざまな意味合いが込められていて美しかった。
俳優陣が俳優陣をサポートするだけに留まらず、オープニングモノローグでは映画のいわゆる“裏方”の人にステージに登壇してもらってみんなで称賛したり、スタントマンやスタント撮影を讃えるスペシャルコーナーが設けられていたりと、とにかく今年のアカデミー賞はお互いに「ありがとう」と「素晴らしかったよ」を伝え合う良いバイブスに溢れていた。スタンディングオベーションの数も、歴代で1番多かったかもしれない。それくらい、出席者たちの優しさが見ていて心地の良い回だった。放送時間の短縮ばかりを考えて、受賞結果以外さほど中身のない授賞式を行ってきたが故に批判ばかり受けてきたオスカーだが、今回の成功を活かしてぜひ来年以降も同じ形でやってほしい。
ジョン・シナが会場の笑いを誘い、アル・パチーノが困惑をもたらす
今年の授賞式が全体的に良い感じだったのは、面白くも何ともないのに面白いことを言っているふうに長々と時間を使って話すプレゼンターがいなかったからかもしれない。時にシンプルであればあるほうが面白い、ということを今回ジョン・シナが“体を張って”私たちに教えてくれた。司会のキンメルが50年前の授賞式で全裸男がピースをしながら画面を横切った事件を振り返っていると、登場したのが全裸のジョン・シナ。封筒で股間を隠しながらステージ中央まで辿り着くと「……衣装……それは何よりも大切なものです」と言って、会場は爆笑。全裸芸でコスチューム・デザイン賞の大切さを説くのも面白いが、何よりそれをやっているのがいつも観客を楽しませることを第一に考えているお茶目なシナの人間性あってこそ成立したギャグとも言えるだろう。
一方、ほぼ唯一と言っていいほど会場が明らかに困惑した瞬間は、アル・パチーノが作品賞を発表した時のこと。登壇すると、本来やるべき全ノミネーション作品のタイトル紹介をすっ飛ばし、いきなり封筒を開けて「『オッペンハイマー』って書いている」と気軽に言うので、誰もが「『オッペンハイマー』が受賞したってことでいいの?」と戸惑っていた。