『翔んで埼玉』“日本埼玉化計画”は実際に進行中? ダメなところも見つめてこその郷土愛

『翔んで埼玉』が訴える本当の“郷土愛”

 本稿は、生まれも育ちも神奈川県のライターによる文章である。したがって、筆者本人が気づかない偏見が紛れ込んでいるかもしれないので、留意してほしい。

 神奈川県横浜市在住の魔夜峰央のマンガを、千葉県出身の武内英樹監督が映画化した『翔んで埼玉』は、その名の通り埼玉についての映画だ。特別な観光地も名所もなく没個性的であるがゆえに、無個性を自虐する県民性を活かした作品で、通行手形がないと東京に行けないという差別待遇に苦しむ埼玉県民を開放するために戦うという内容だ。随所に自虐ネタが仕込まれ、ディスられているにもかかわらず、埼玉県では異様な大ヒットを記録した。

 海も温泉の名所も古都も大都市もあって、政令指定都市が全国で唯一3つあり、Jリーグチームが6つもある(町田ゼルビアを含めれば7つ)神奈川に暮らす筆者にとって、埼玉県民の気持ちを推し量ることは難しい。「そんなに海が欲しいの?」とか思わなくもないのだが、きっと埼玉の方にとって切実な悩みなのだろう。海は茨城県にすらあるわけだし。

 ジョーク的なセンスで作られ、基本的にお気楽なノリで鑑賞できる本作だが、その根底には郷土愛についてのわりと真っ当な感覚があるのが本作の美点だ。

“埼玉を解放せよ”

 架空の時代、埼玉県人は通行手形なしに東京都内に入ることを許されず、虐げられた生活を送っている。「埼玉県人にはそこらへんの草でも食わせておけ」と罵られるほどの激しい差別を受けている埼玉県人だが、無個性ゆえか卑屈になりきっており、そんな暮らしを受け入れてしまっている。

 東京の名門校の生徒会長・壇ノ浦百美(二階堂ふみ)は都知事の息子で、とりわけ埼玉を毛嫌いしていたが。そんな百美は、アメリカ帰りの転校生・麻実麗(GACKT)に惹かれていくが、実は彼が埼玉出身であることが発覚し、自身の内に巣食う激しいコンプレックスに襲われながらも麗について行くことを決意。2人は埼玉解放戦線に加わり、千葉との戦いを経て埼玉を開放するため東京へと攻め込んでいく。そして、「日本埼玉化計画」を実行に移すのだ。

 作中、随所にユニークなネタが満載だ。例えば、空気を吸って東京のどの町かを当てる「東京テイスティング」というものがある。各地域から採取された空気を嗅いでどの街の空気かを当てるというもので、麗は見事に全問正解してみせる。西葛西など千葉に隣接している街には多少苦戦しているのも面白い。町田の空気は、どの程度神奈川成分が含まれているのか気になる。

 空気といえば、神奈川県民の筆者にとって池袋の空気は、ずっと前から違和感があった。東京の大都市圏のはずなのに、何かが違う。明らかに新宿や渋谷とは違う妙な匂いを感じ取っていたのだが、本作を観て、池袋には埼玉県民が数多く潜伏しているのが原因なのだなとよくわかった。池袋は近年、大きなアニメイトができたり、映画館も充実していて映画・アニメ好きには魅力的なはずなのだが、それでも筆者にとって、ちょっと足を運びにくい土地であり続けている。

 しかし、数あるネタの中でも一番気になるのは、海に憧れるあまりトンネルを掘ってまで海を引っ張ってこようとしているということだ。海は神奈川県民的には当たり前にあるものだが、所変われば常識も変わる。持たざる者の苦労と情熱に感じ入るものがある。

 ところで、本作は埼玉のほか、千葉県も大きくフィーチャーされているが、神奈川県の扱いがやや不当である。関東2位の地位を確保しているという設定はいいのだが、竹中直人演じる神奈川県知事が東京都知事に崎陽軒のシウマイを賄賂に送っている。これでは神奈川が東京の腰巾着みたいではないか。神奈川県民は、あそこまで東京に媚を売っていない。むしろ、もう少し斜に構えて東京を見ているというか、埼玉や千葉ほど東京コンプレックスは抱いていないと思う。

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