津田健次郎が考える、俳優として働くことの意味 下積み時代も「辞める選択肢はなかった」

津田健次郎が考える、俳優として働くこと

 「働く」という行為は、よく考えれば不思議なものだ。何のために、誰のために働くのか。忙しい毎日の中では、「働くことの意味」すらもつい忘れてしまいそうになる。

 そんな仕事を頑張るすべての人に観て欲しい作品こそが、映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』だ。この映画は、どんな輝かしいキャリアを持つ人であっても、新人時代に壁にぶつかった経験があることを思い出させてくれる。

 主人公の秋乃は、北極百貨店で働く新人コンシェルジュ。訪れるお客様は、なぜかみな動物である。彼らはさまざまな事情を抱えているが、中でも特別な存在感を放っていたのが津田健次郎演じる、ケナガマンモスのウーリーだ。声優から俳優まで幅広く活躍する津田だが、役を続ける中で抱え続けてきた「問い」があるという。津田がウーリーを演じる中で感じた“役者という仕事”の意義とは。

津田健次郎

「人はご飯だけでは生きていけない」

ーー映画を撮ることも観ることもお好きな津田さんですが、1人の映画ファンとして『北極百貨店のコンシェルジュさん』を観て感じたことを教えてください。

津田健次郎(以下、津田):とにかく優しい作品ですよね。作品の独自性が丁寧に詰めこまれている映画だと思います。こういう作品がアニメーションという形で世に生まれてくるのは、素敵なことだなと。年齢や国関係なく、誰が観ても楽しめるというか。バタバタあり、笑いあり、泣けるところもある。しかもビジュアルもかわいい。その実、「おもてなし」の裏にとても奥深いテーマも秘められていますし。

『北極百貨店のコンシェルジュさん』

ーー人間の業の深さがちらつくシーンですね。

津田:そうです。ネタバレになってしまうかもなのですが、「飛べない鳥が傘をさして飛ぶ」シーンに強いメッセージ性を感じまして。さまざまな環境問題で地球が悲鳴をあげている現代、「もうこの流れは止まらないのではないか?」という今……飛べない鳥が飛ぶ。もしかしたら、(未来を)変えていくことは可能なのかもしれない。そんなふうに感じました。

ーー津田さん演じるケナガマンモスのウーリーについてはどう感じていましたか?

津田:こだわりの強いアーティストであり、完全には消化しきれていない想いを抱え続けているキャラクターだと思いました。彼の作るものって、氷なのでいつかは必ず壊れるんですよね。形あるものは、いつか壊れる。でも、ウーリーはそれをわかっていながらも懸命に作品を作っているわけで。そこに、深いものを感じました。

『北極百貨店のコンシェルジュさん』

ーーウーリーが「僕の作っているものに意味なんてあるのかなと思うこともある」と、物作りに対して繊細な一面を見せる場面もありました。

津田:ウーリーと同じように「我々のやっていることに意味なんかあるのかな」と僕も思ったことがあるんです。コロナ禍で1回全てがストップした時、きっと僕だけでなく、多くのアーティストやエンターテイナーが、表現やエンタメ、アートというものに対して、立ち止まった瞬間があると思っていて。

津田健次郎

ーーコロナ禍は改めて考えた期間だったんですね。その問いの答えは出ましたか?

津田:そうですね。人はご飯だけでは生きていけない。大したものじゃないんですけど、そこを補っていくのが僕らなんじゃないかなと思いました。ウーリーの氷の像も食べられないけれども、美しさや見て感じられるものがあるから、彼はものづくりを続けている。そういう意味でも、似ていますね。

ーークライマックスのウーリーのセリフが本作の最大の見どころであるように感じました。この演技の際、特にどのような感情を込めて演じられたのでしょうか。

津田:ウーリーが作っている氷像には、奥さんとの思い出が詰まっていて……きっと二人三脚で生きてきたのかなと思ったんです。でも彼はそんな愛する奥さんが亡くなった悲しみを、うまく表現できなかった人なのかなと思っていて。そんなときに、自分と奥さんを象った小さな小さな作品が、彼の心をふわっと溶かしたのかなと思いました。だから、演技でも、彼が今まで抱えてきた想いが溶けて溢れ出たような瞬間をイメージしました。一瞬だけ出すという感じです。

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