『君たちはどう生きるか』簡素なパンフレットが示した“今の時代に作られた意味”
宮﨑駿監督の長編アニメーション最新作『君たちはどう生きるか』のパンフレットが8月11日に発売された。キャッチコピーと作品解説、そして宮﨑駿監督による「長編企画覚書 劇場長編を造るか?」という文章のほかは、場面スチールや米津玄師による主題歌「地球儀」の歌詞、そしてエンドクレジットが掲載されただけのシンプルな内容だが、しっかりとこの作品が今の時代に作られた理由が浮かんでくる。
7月11日に映画『君たちはどう生きるか』が公開された時、観た人の多くが「パンフレットが欲しい」と話しながら、映画館を後にしていた。ストーリーはあっても展開がいきなり地下世界へ行ったり、火を扱う不思議な少女と出会ったりとダイナミックで、ワラワラやインコといった何かを象徴していそうなキャラクターも登場して、もっと説明が欲しいという声が聞こえてきた。
それから1カ月。8月11日に発売された待望の『君たちはどう生きるか』のパンフレットには、そうした希望に答えるような詳細な情報は掲載されていなかった。エンドクレジットに並んだ山時聡真や菅田将暉、柴咲コウ、あいみょん、木村佳乃、木村拓哉といった「声の出演」の面々が、どのキャラクターを演じているかも明かされていない。それぞれがどのような心境で役を演じたかも分からない。
『君たちはどう生きるか』劇場パンフレット8月11日発売へ オールカラー40Pで価格は820円
宮﨑駿が監督を務めたスタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』の劇場パンフレットが8月11日に発売される。 劇場パンフレッ…
その理由はもしかしたら、映画の中で動いているキャラクターの表情や仕草、そして添えられた声を観た人がまっすぐに受け止めて、キャラクターの心情を個々に感じてほしいと考えたからなのかもしれない。母を火事で失った11歳の少年・眞人が父の勝一とともに東京を離れ、「青鷺屋敷」へと引っ越してそこで亡き母の妹で、父親の再婚相手の夏子と出会うストーリーに、何の先入観を持たずに入り込んでほしかったからなのかもしれない。
ただし、ここでようやく父親の「しょういち」が「勝一」で、継母となる「なつこ」が「夏子」だと分かった。エンドクレジットには役名がなく、作中にも名前が漢字で書かれるのは転校した時の「牧眞人」という自己紹介くらい。8月10日に発売された『文藝春秋』2023年9月号に掲載された作画監督の本田雄に対するインタビューでも、「ナツコ」と片仮名で書かれていた(木村佳乃の所属事務所・トップコートの公式サイトには記載が一応あったが)。
謎めく登場人物たちについても、少しだけ理解を得られそうだ。作品解説には、「生と死の象徴・ワラワラ」や「大衆の戯画として描かれるインコを率いるインコ大王」と書かれている。苦しみながらも頑張って誕生していく新しい命の尊さと、生きることに貪欲で強いリーダーになびきがちな大衆の末路が、映画には示されていたのかもしれないと感じとれる。
そして、あの不思議な空間が持つ意味も。「ふくれあがり、均衡と制御を失った現実世界の似姿」と作品解説によって定義されたことで、そこで起こる出来事の数々を、遠い世界での絵空事としてではなく、現実世界の我が事として理解する必要に迫られる。ペリカンはどうしてワラワラを襲うのか。大おじはあの世界をどうしたいと考えているのか。パンフレットに触れたことで、改めて映画を観ていろいろと確かめたくなってくる。
そんな『君たちはどう生きるか』を、どうして宮﨑駿監督は作ろうとしたのか。2016年7月1日付という「長編企画覚書 劇場長編を造るか?」で宮﨑駿監督は、完成までの期間を3年と予想し、その時の世界がどうなっているかを想像している。
「今の、ボンヤリと漂っているような形のはっきりしない時代はおわっているのではないか。もっと世界全体がゆらいでいるのか。戦争か大災害か、あるいは両方という可能性もある」
実際には企画の発端から7年が経った現在の世界は、新型コロナウイルス感染症という未曽有のパンデミックに見舞われ、戦争も起こって宮﨑駿監督の予測を上回った揺らぎぶりを見せている。「時代を先どりして、作りながら時代に追いつかれるのを覚悟してつくる映画」を構想したら、予言がピタリと当たってしまった宮﨑駿監督が今の時代をどう受け止めているかを聞いてみたくなる。
そして、今から作るとしたらどのような映画になるのかも。『文藝春秋』のインタビューで作画監督の本田雄は、「まあ、これが宮﨑駿の最後の作品になるかどうかは、大いに疑いの余地がありますが(笑)」と答えている。すぐそばで6年に及んだ制作期間を共に過ごした人が、そのエネルギッシュな活動ぶりを目の当たりにして直感したことだけに、期待したくなる。