唐田えりかの視線の先は? 『真夜中のキッス』佐向大監督が描き出す“逃避行”からの逃避

『真夜中のキッス』唐田えりかの視線の先は?

 だから、最初のファミレスに居合わせただけの見知らぬ男・竹山が、スマホのカメラを起動したまま逃げるユイの背中を追い続けるカットには、なにか得体の知れない不気味さを感じてしまう。そこには緊迫感を煽るような音楽がつけられているわけでもなく(むしろ楽しそうな音楽なのだ)、追われるユイの恐怖や追う竹山の執念が滲み出るというわけでもない。そんな情念などどこかに置き忘れたかのような無関心さで積み重なる縦長の映像を見ていると、彼女が本当に逃げたかったのはひょっとしてこれだったのじゃないかという気がする。こんなちっぽけな自分のことなどどうでもいいくせに、どこまでもついて回る世界。そして、行き止まりへと追い詰められた彼女は、再び振り返る。

 結局のところ、ユイが見事に逃げおおせることができたのかどうかはよくわからない。終わらない堂々巡りから抜け出すことができたのか、抜け出たそこもやはりこれまでの情けない日常の延長に過ぎないのか。でもとりあえず、明日への活力を養うために彼女は肉を食わねばならないだろう。そんなふうに夜が終わり朝がやってくるその前に、三度、ユイは自分が置き去りにしてきたものを振り返り、カメラは彼女の表情をとらえる。オルフェウスやイザナギといった神話の男たちが振り返ることで妻を二度殺したように、彼女もまた視線の先にいる男を破滅させるのかもしれない。だが、佐向大の映画が常に、ルームミラー越しに後方を確認する男たちの顔で終わっていたことを思い出すなら、ユイが見ていたのはそんなものではない気もする。その時、本当の意味で、彼女は血塗れの死体のようだった自分自身を甦らせるのかもしれない。

■公開情報
『無情の世界』
公開中

『真夜中のキッス』
出演:唐田えりか、栄信、小野莉奈、安西慎太郎、新名基浩ほか
監督・脚本:佐向大
日本/カラー/ヴィスタ/29分

『イミテーション・ヤクザ』
出演:渡部龍平、田中俊介、久場雄太、清水優、茨城ヲデル、龍真ほか
監督:山岸謙太郎
日本/カラー/ヴィスタ/29分

『あなたと私の2人だけの世界』
出演:白石優愛、大友律、渋江譲二、菊田倫行、内田慈ほか
監督・脚本:小村昌士
日本/カラー/ヴィスタ/53分

エグゼクティブプロデューサー:坂岡功士
プロデューサー:小林且弥、青木亨
メインテーマ:海田庄吾
宣伝クリエイティヴ:QUBEL
企画・プロデュース:STUDIO NAYURA
製作・配給:G-STAR.PRO.
2022年/日本/カラー/5.1ch/115分(3作品)
©2023「無情の世界」G-STAR.PRO
公式サイト:https://studio-nayura.com/mujo/

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