『怪物』を観た後に残った違和感を考える “わかりやすさ”と引き換えに手放したのもの
本作は、坂元裕二の物語を川村が受け取り、熟考の末、是枝監督に話を持ち掛けたところから動き出したという。きっかけは、川村と共同で本作のプロデュースを担った山田兼司が坂元裕二と長らく映画の企画について話している過程で、紹介され、初めて対面したこと。その時のオファーについて、川村はこんな説明をしている。
「その時に僕が何となくお伝えしたのが、坂元さんの本領であるテレビドラマの尺で走り切ってもらうために『45分くらいの物語の数本立てで、坂元さんがいちばん得意な尺で終わって次の章にいく構成を1本の映画と捉えたら、どうなるか』ということでした」(The New York Times Style Magazine:Japan/ 2023年6月6日)
そうして何度目かの打ち合わせの後、坂元からあがってきたのが3部構成のプロットだったという。
ついでに言うと、ぱっと見、ホラーにも見えかねない若干ミスリード的な予告「怪物だーれだ?」に惹きつけられ、本作を観た人も多数いただろう。そうした仕掛けにも、やはり“川村元気”臭を感じてしまう。
川村元気の「翻訳力」「調整力」は、間違いなく天才的だ。わかりやすい例として、新海誠作品が挙げられる。
やや中二病的イタさのある自分としては、『雲のむこう、約束の場所』(2004年)こそが最も純度の高い新海誠ワールドであり、最高傑作だと思っており、今も一人で繰り返し何度も何度も咀嚼したい作品なのだが、彼の名を一躍メジャーにした大ブレイクのきっかけは言うまでもなく『君の名は。』(2016年)。川村元気の企画・プロデュース作品である。
これは決して悪い意味ではなく、優れた作品をより多くの人に届ける、作品に触れる間口を広げるために、優れたヒットメーカーの手に委ねることは、作り手にとっても演者たちにとっても、さらに業界全体にとっても大きな意義がある。
その一方で、予告から予想した内容と違っていたと感じる人、さらに短絡的に「怪物」を「クィア」ととらえて批判するような人までもSNSで散見される。こうした誤解は、実は是枝・坂元両者が最も恐れることではなかったか。
より多くの観客にリーチし、考えるきっかけや気づきを与え、商業的大ヒットとカンヌの受賞にもつながった本作が、「わかりやすさ」と引き換えに手放したものがありはしなかったか。良い意味でも悪い意味でも、本作の本当の「怪物」は川村元気だった気がしてならない。
■公開情報
『怪物』
全国公開中
監督・編集:是枝裕和
脚本:坂元裕二
出演:安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、角田晃広、中村獅童、田中裕子
企画・プロデュース:川村元気、山田兼司
音楽:坂本龍一
製作:東宝、ギャガ、フジテレビジョン、AOI Pro.、分福
配給:東宝、ギャガ
©2023「怪物」製作委員会
公式サイト:gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/
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