『舞いあがれ!』は2000年代の空気をリアルに反映した朝ドラだった 総集編放送に寄せて
筆者にとって『舞いあがれ!』は00年代を舞台にした優れた青春ドラマだった。優れた青春ドラマには、その作品の背後にある時代の気分が反映されるものだが、本作の場合は舞の大学~航空学校時代の背景にある00年代の空気に色濃く現れていた。
それは一言でいうと「いつか自分たち(日本)は墜落するのではないか?」という漠然とした不安である。00年代当時、バブル崩壊以降の日本に蔓延する将来に対する不安を自意識過剰で自己肯定感が極端に低い高校生の少年の恋愛を通して描いていたのが、古谷実の漫画『シガテラ』(講談社)だった。
現在、テレビ東京で深夜ドラマ化されている『シガテラ』だが、『舞いあがれ!』の大学生編~航空学校編を観ている時に感じたのが、古谷実作品との類似性だ。
00年代に古谷実が描いていたのは自意識過剰で自己肯定感の低い凡庸な男が、女性との恋愛を通して普通の幸せを求めて悪戦苦闘する物語だった。一方で主人公の周囲の人々には次々と不幸が押し寄せ、自分と恋人にも、いつ悲劇が押し寄せてもおかしくないというバブル崩壊以降の日本の空気を体現していた。
『舞いあがれ!』でも、舞の学生生活が充実していく一方、友人の久留美(山下美月)は、仕事が長く続かない父親との関係に悩み、貴司(赤楚衛二)は会社を辞めて自分探しの旅に出てしまう。
逆に舞は2008年のリーマンショックの影響で、実家の工場が経営危機に瀕し、金策に奔走していた父親の浩太は体調を壊して命を落とす。その後、舞は航空会社の内定を辞退し、母のめぐみ(永作博美)と共に工場再建のために奔走するようになる。
筆者は舞、久留美、貴司、3人の若者の青春譚として楽しんでいたのだが、誰かの人生が軌道に乗り出すと、誰かの人生にトラブルが起こるという、交互に不幸が襲ってくる物語となっていた。
次々と押し寄せてくる人生の危機に対して、舞たちは静かに悩み、現実に立ち向かっていく。中でも後に歌人となる貴司は、自身の作家性と商業性の狭間で悩むようになっていく。桑原亮子が歌人だということもあってか、貴司には作家としての桑原の悩みがダイレクトに投影されており、貴司の歌人としての葛藤を描くことが物語を推し進める推進力となっていた。
筆者にとって『舞いあがれ!』はとても身近に感じた作品で、同じ時代を生きた若者たちが画面の中で悩んでいる姿に好感を抱いた朝ドラであった。舞たちが感じていた先が見えない世の中に対する不安は、00年代に筆者も強く感じていたもので、その気分は今もどこかで残っている。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』総集編
NHK総合
前編:5月5日(金)13:05〜14:30
後編:5月5日(金)14:30〜15:55
NHK BS 4K
前編:5月6日(土)13:00〜14:25
後編:5月6日(土)14:25〜15:50
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
写真提供=NHK