『キル・ボクスン』の肝は“静的”な部分にあり アクションとストーリーの相乗的な関係
殺し屋が殺し屋たちに狙われる極端な状況を描く、キアヌ・リーブス主演のバイオレンスアクションシリーズの最新作『ジョン・ウィック:コンセクエンス』が、日本でも今年公開される。そんな人気シリーズの韓国版ともいえる、チョン・ドヨン主演の女性を主人公としたアサシンアクション映画『キル・ボクスン』の配信がNetflixで開始された。
主人公のキル・ボクスンは、殺しをビジネス化している闇のグローバル企業に所属する、伝説的殺し屋だ。演じるチョン・ドヨンは、本作でかつてない激しいアクションに挑戦。撮影中のアクシデントで怪我を負ったことについては、安全面を最優先にするべき製作側の落ち度ではあるが、彼女は期待を超える見事な動きや所作で凄腕の殺し屋の役を演じ切っている。なかでも、身体を傷つけられながら、その場ではクールに振る舞い、一人になってから苦悶の表情を浮かべる、仕事にプライドを持ったプロフェッショナルな姿を見せるシーンがかっこいい。
本作の監督は、『名もなき野良犬の輪舞』(2018年)や、『キングメーカー 大統領を作った男』(2022年)で手腕を発揮したピョン・ソンヒョン。そして、この2作でもタッグを組んだソル・ギョングも、本作で重要な役として出演している。
俳優たちのアクションでの奮闘のみならず、集団との大立ち回りでの、セットの設備を利用した豪快なカメラワークや、キル・ボクスンの特殊技能である未来予測による危機察知をVFXで表現するなど、スタッフによる映像的な見せ場も少なくない。だが、むしろ本作の肝は、そのような“動”の魅力よりも、静的な部分にあるのではないか。ここでは、そんな本作が語ろうとしたことが何だったのかを読み取っていきたい。
劇中では、所属する組織や、組織ごとの待遇について、殺し屋同士の格差や確執が映し出される場面がある。もちろん、殺し屋を生業としている人物というのは、反社会的な存在に違いない。だが、組織に所属して給料を得ているのならば、少なくともその範囲では、通常の会社員や公務員の仕事や生活と共通する部分があるのではないかというのが、本作の視点なのである。
同時にキル・ボクスンは、ティーンエイジャーとなった一人娘を溺愛し、思春期の子育ての課題に悩むシングルマザーでもある。『シークレット・サンシャイン』(2007年)、『マルティニークからの祈り』(2013年)など、母親役のイメージが強いチョン・ドヨンだからこそ、この部分に説得力とリアリティが生まれている。
殺し屋であり、会社員であり、母親であり、一人の生活者であるキル・ボクスン。その生き方は、刺激に満ちた仕事をやり遂げ達成感を得たいという思いと、子どもとの平凡な幸せを大事にしたいという感情に引き裂かれている。それは、キャリアアップと家庭での生活の間で不安定な状態に陥る、多くの人々に共通する悩みと重なるものだ。本作は、殺し屋の生活を描くように見せて、二つの生き方で摩耗していく現代のシングルマザー像を描いているといえるだろう。