前田敦子が演じ分ける『ウツボラ』の謎めいたふたり 唯一無二のアイドルから異端の俳優へ

前田敦子、唯一無二のアイドルから異端の俳優

 女達に振り回され、複雑に入り乱れる中年作家の心情を演じる北村有起哉の反応もさすがで、正体のわからない女たちや、己の才能の枯渇に怯える表情がドラマを盛り上げている。追い詰めていく側の前田は、相手を脅そうとかひたすら愛しているとか、そういう積極的な感情は見せず、ただただ虚無の塊として溝呂木に迫っていくようで、そこがこわい。何が目的なのか意思や感情の方向性がわからないゴジラを目の当たりにしているような感じ(当然見た目の話ではありません)。とにかくそのパワーにひれ伏す。そこが前田敦子の真骨頂である。北村はゴジラにおののく博士みたいに見えてくる。

 魅惑的なささやき声はあるとき変わる。AKB48時代にお馴染みであった前田の過呼吸は健在で、それは咆哮のようである。ささやき声から咆哮までそのレンジの広さという空洞のなかにまんたんに溜まっている前田敦子のエネルギー。その分量と強度、それが彼女の作品を凄まじく魅力的にする。

 『ウツボラ』は最後の最後まで朱と桜が謎めいている。何を書いてもネタバレになってしまうので、最近の前田敦子の活動について書きたい。映像でも活躍しているが、舞台の彼女に注目してみよう。舞台だと前田敦子の日常から飛躍したスケールの大きな役を堪能できる。2022年、11月から12月にかけて静岡と東京で行われた「東京キャラバン the 2nd」というイベント(文化サーカス)に参加していた。野田秀樹の作・演出で、俳優、ミュージシャン、ダブルダッチ、人形劇、琉球舞踊、アイヌ古式舞踊、伝統文化を混ぜ合わせ、一本の作品に仕立てた作品のなかで前田はアリスとピーターパンを演じていた。不思議な国に迷い込んで大きくなったり小さくなったりしながら冒険する少女アリスと大人になることを拒んだ少年ピーターパンという、世の中のルールと外れたところに身をおいた自由なキャラクターを軽やかに演じたこともすばらしいが、冬の寒い野外劇場で、薄い衣裳を着て(もちろん寒さ対策はしてあると思うけれど)動き回っている前田のど根性に感動したのだ。スターなのにぬくぬくと安全圏にいない表現者としての強さ。

 前田は野田秀樹作品に2021年の『フェイクスピア』が初参加だった。そのときは星の王子様を演じていた。そのときは、『ウツボラ』のウィスパーボイスとはまるで違って、大きな劇場の隅々までに聞かせるように割れそうなまでに声を出し、全力で、野田演じるフェイクスピアと対峙する大役であった。ともすれば喉を痛めそうなハラハラ感もあったが、さすが、大きなステージを踏んできただけあって、声帯に負担がかかりそうになると、使える場所を探して切り替えるような熟練技を感じさせた。かよわそうな印象とは違う、たくましさ。こういう人だから、どういう役を演じても、絶対的に強い。彼女の生命力が物語を駆動していく。『ウツボラ』も朱と桜を我を忘れて追いかけるように見続けてしまう。

 『ウツボラ』のようにクセの強い作品や役に前田敦子はみごとにハマる。唯一無二のアイドルからこんなにも異端の俳優になれることがすごい。もっとも、アイドルの頂点とは最高の異端であり、最高の孤高であるのだ。

ウツボラ/予告映像【WOWOW】

■放送・配信情報
連続ドラマW-30『ウツボラ』(全8話)
WOWOWプライム・WOWOW 4Kにて、毎週金曜23:30〜放送
※第1話無料放送
WOWOWオンデマンドにて、各月の初回放送終了後、同月放送分を一挙配信
※無料トライアル実施中
出演:前田敦子、藤原季節、平祐奈、おかやまはじめ、武田航平、雛形あきこ、渡辺いっけい、北村有起哉
監督:原廣利
原作:中村明日美子『ウツボラ』(太田出版刊)
脚本:小寺和久、井上季子
音楽:岩本裕司、前田恵実
製作:WOWOW、The icon
©︎WOWOW
公式サイト:https://www.wowow.co.jp/drama/original/utsubora/

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