今泉力哉監督による実写化に意義がある『ちひろさん』 人生を肯定する“しない優しさ”

『ちひろさん』今泉力哉による実写化の意義

 一方で、コミックの実写化ということで、物語のレールが決まっているため仕方ない部分ではあるのだが、“ちひろさん”の存在感の大きさがどうしても物語を「わかりやすい」作品にしてしまっている感は否めない。もちろんこの点は本作の良さでもあり、だからこそ、今までの今泉監督作品が好きではなかった層にも刺さりやすい作風に仕上がっている。しかし、過去作に通じる、誰かの日常を覗き見て答えのない謎かけを投げかけられているような、ざわざわとした心情描写が好きなファンにとっては物足りなさを感じる部分もあるのではないか。

 とはいえ、今泉監督作品に『ちひろさん』が並ぶことは、ある意味で似た作品同士の邂逅でありながら、新しい風が窓から吹き込む機会にもなったと感じる。『ちひろさん』は、今まで今泉監督の作品を敬遠していた新しい観客にもきっと届く。

 正真正銘の優しさとは、何だろう。時に優しさからは「相手からよく思われたい」「見返りを求めたい」などの邪な感情が透けて見えてしまうことがある。しかし『ちひろさん』が描くのは、困った人々に特別な施しを与えるような即物的な優しさではない。ちひろが纏う、一緒にいると謎に居心地が良くて、安心できるような不思議な温かさが人の心を癒すのだ。見返りを求めずに、ただそこでそっと見守る。今泉監督とちひろが手をとって作り出した“しない優しさ”は 、スクリーンの奥に佇む、無数の寂しさや孤独を埋めるのだろう。

参照

※. https://kansai.pia.co.jp/interview/cinema/2022-11/madobenite.html

■配信・公開情報
『ちひろさん』
Netflixにて全世界配信中
新宿武蔵野館にて公開中
出演:有村架純、豊嶋花、嶋田鉄太、van、若葉竜也、佐久間由衣、長澤樹、市川実和子、鈴木慶一、根岸季衣、平田満、リリー・フランキー、風吹ジュン
原作:安田弘之『ちひろさん』(秋田書店『秋田レディース・コミックス・デラックス』刊)
監督:今泉力哉  
脚本:澤井香織、今泉力哉
制作プロダクション:アスミック・エース、デジタル・フロンティア
配給:アスミック・エース
製作:Netflix、アスミック・エース
©︎2023 Asmik Ace, Inc. ©︎安田弘之(秋田書店)2014
公式サイト:https://chihiro-san.asmik-ace.co.jp/

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