今泉力哉監督による実写化に意義がある『ちひろさん』 人生を肯定する“しない優しさ”

『ちひろさん』今泉力哉による実写化の意義

 有村架純を主演に迎え、安田弘之の同名コミックを実写化した映画 『ちひろさん』が現在上映・配信中だ。監督を務めたのは、『愛がなんだ』『窓辺にて』などで繊細な人間関係を描き続けてきた今泉力哉。

 本作は、常識に囚われずマイペースに生きる“ちひろさん”が、それぞれの孤独を抱える人との出会いを通して互いに救いあっていく物語だ。主人公のちひろは、海辺の小さな街のお弁当屋「のこのこ弁当」で働いている。元風俗嬢である彼女は、弁当を買いに来た男たちへの冗談混じりのリップサービスも上手い。そんなちひろの飾らない言葉や行動は、客の男たちだけでなくホームレスのおじいさんや、子どもや女子高校生の心までも掴んでいく。

 映画 『ちひろさん』からは、過去の監督作品の纏う“今泉監督らしさ”を非常に良い形で感じられる。それを最も感じさせるのは、本作で描かれる登場人物たちと、ちひろとの出会いの自然さだ。ちひろは各キャラクターとの出会いを通じて彼らを救うことにはなるが、それはあくまで結果でしかない。彼らに決して「頑張れ」とは言わず、まるで野良猫のように現れては、誰にでも分け隔てなく愛を与えるちひろ。彼女は、いわば水面に落ちた小石だ。ちひろを中心に、波紋のように静かにゆっくりと広がる出会いが、周囲の人々を勝手に成長させるのである。

 今泉監督は過去のインタビューで「主人公が能動的に動いて何かを解決するというより、巻き込まれていく形式は意識して書いています。自ら行動するのではなく誰かに会って、それをきっかけにまた誰かに出会っていく」と語っている。(※)

 男性同士の恋愛を描いた今泉監督の『his』でも同様のエッセンスを感じたが、今泉監督の作品は悩みや葛藤に対して優劣をつけない。時に周囲から眉をひそめられるような恋愛や人間関係の苦悩も、仰々しく映画の主題として取り上げるのではなく、あくまでどこにでもある当たり前の出来事として等分に扱う。

 監督作品の持つ、ただ淡々と人それぞれの生き方を肯定する姿勢は、本作のちひろとの共通項でもあるだろう。最大公約数的な価値観の人生を求めずに、どんな悩みにもそっと寄り添う“今泉作品”のエールの在り方は、本作のちひろが持つ肯定の形と重なり合う。

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