『逆転のトライアングル』は音楽にも皮肉がたっぷり 独特な選曲に込められた意図とは?
突然、雪崩が起こった時、父親が家族をおいて逃げ出したことが波紋を呼ぶ『フレンチアルプスで起きたこと』(2014年)。「思いやり」をテーマにしたアートを展示している美術館のキュレーターが、スリにあったことで疑心暗鬼になっていく『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(2017年)。スウェーデン出身のリューベン・オストルンド監督の作品では、思いがけない出来事を通じて人間の隠された一面が明らかになっていくが、第75回カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞した最新作『逆転のトライアングル』でもとんでもない事件が起こる。
主人公は男性モデルのカール(ハリス・ディキンソン)で、彼はカリスマモデルのヤヤ(チャールビ・ディーン)と付き合っている。ふたりは豪華クルーズ船に招待されるが、そこにはロシアの大富豪や武器商人の老夫婦などセレブたちが乗り合わせていた。船のスタッフはセレブからチップをもらうため、何を言われても笑顔で絶対服従。そんな格差社会の縮図ともいえる船が難破してしまう。生き残った乗客は無人島に流れ着いたものの、セレブたちは魚をとることも火を起こすこともできない。そこで抜群のサバイバル能力を発揮して、無人島の女王になったのはクルーズ船の清掃人でアジア系の中年女性、アビゲイル(ドリー・デ・レオン)だった。
金持ちと貧乏人。支配者と服従者。男と女の関係が船の難破を通じて逆転。そうなった時、人はどんなふうに振る舞うのか、オストルンド監督は実験を観察するみたいに一歩引いた距離から見つめて、シニカルなユーモアを交えながら人間の本性を描き出していく。そして、そんなオストルンドの独特のひねくれたセンスは音楽からも感じられる。これまでオストルンドは既発曲をサントラのように使ってきたが、今回の選曲もユニークだ。
まず、観客に痛烈な一撃を与えるのが、映画のタイトルが出るところで流れるM.I.A.「Born Free」だ。スリランカ出身のタミル人の両親のもと、ロンドンで生まれた彼女は、エレクトロやヒップホップから刺激を受けた斬新なサウンドで注目を集める一方で、音楽を通じて社会的なメッセージを発信してきた。というのも、スリランカではタミル人は体制側から迫害されていて、M.I.A.の父親は政府と戦う武装グループのメンバーで戦闘中に行方不明になったのだ。2010年に発表した「Born Free」は、当時、スリランカ政府による攻撃でタミル人が大量に殺害された事件を受けて作られた曲。「権力を作ったのは人間だ」という歌詞から始まるこの曲は、サビで「私は自由に生まれてきた」と歌われる。そこには生まれた時は自由なのに今では権力に押さえつけられている、という悲痛な叫びがある。そんな社会的弱者の叫びを聞くと、クルーズ船の最下層にいるアビゲイルのことを連想せずにはいられない。