大事なのは「何を得て、何を失うか」の選択 『野獣の血』は韓国ノワールに新風をもたらす
ヤクザらしからぬ雰囲気をまとった主人公ヒス役に、チョン・ウを起用するというキャスティングも効いている。これまでは『善惡の刃』(2017年)の正義に目覚める弁護士、『偽りの隣人 ある諜報員の告白』(2020年)の職務に疑念を抱く盗聴要員など、マイナス地点から成長していく等身大のキャラクターを得意とする印象が強かった。本作もそのパターンに則っているとも言えるが、成長する先は真っ暗闇のノワール世界であり、従来のイメージを逆手にとった新境地と言える。
若いころの大泉洋をさらに童顔にしたような、チョン・ウの茶目っ気のある親しみやすい佇まいは、本作においては「向いてない人生を歩んでいる男」の悲愁を体現する個性として活きている。演じる本人にとっても、ノワールジャンルへの初挑戦は相当なプレッシャーだったそうだが、そのぶん熱の入ったコントラスト豊かな芝居が作品に多大なオリジナリティを与えている。(※)釜山出身という出自を活かした、強烈な訛りを込めたエモーショナルなセリフの数々も聴きどころだ。
そんな主演俳優の意気込みを潰しにかかる、もとい引き立てるアクの強い助演陣の顔ぶれも壮観である。『KT』(2002年)の名優キム・ガプスが滲ませる親分の渋味、『一級機密』(2017年)の個性派チェ・ムソンが振りまく毒々しい狂犬ヤクザぶりも素晴らしいが、注目はインスクの一人息子アミを演じる若手俳優のイ・ホンネ。刑務所上がりのヤンチャな若者をエネルギッシュに快演し、中高年男優まつりの様相を呈した本作において存分にフレッシュな魅力を見せつける(本作で第58回百想芸術大賞の男性新人演技賞を獲得)。ヒスにとって微かな希望となる極めて重要な役どころであり、その存在がクライマックスの引き金となる。
ギャンブラーの格言ではないが、「何かを得れば何かを失う」のが人生のことわりだとするなら、大事なのは「何を得て、何を失うか」という選択である。人はしばしば、正しくそれを選択できるとは限らない。『野獣の血』は、その最悪のケースを描いているとも言える。ヒスが迎える物悲しくも皮肉な結末は、ギャング映画や韓国ノワールのファンでなくとも切々と感情移入できるはずだ。忘れられないほど大きなものを失ったことがあるならば、なおさらに。
参照
※. https://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=2189793
■公開情報
『野獣の血』
1月20日(金)公開
出演:チョン・ウ、キム・ガプス、チェ・ムソン、チ・スンヒョン、イ・ホンネ
監督:チョン・ミョングァン
原作:キム・オンス
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
2022年/韓国映画/韓国語/120分/シネスコ/5.1ch/字幕:安河内真純/PG12/英題:Hot Blooded
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