近鉄バファローズ、なぜ今ドラマに登場? 『舞いあがれ!』では“変わらぬ愛”の象徴に
『舞いあがれ!』は近鉄“濃度”がさらに高い。主人公・舞(福原遥)の実家の隣にあるお好み焼き屋「うめづ」の主人・梅津勝(山口智充)が大の近鉄ファン。常に近鉄の三色帽を被り、ユニフォーム姿で商売しているという徹底ぶりだ。舞の実家がある東大阪市は近鉄電車の沿線であり、近鉄ファンが多くても不思議ではない。
「うめづ」の店内には所狭しと近鉄のユニフォーム、サイン色紙、応援グッズが飾られている。物語が始まるのは1994年なので、飾られている背番号16のユニフォームの選手はラルフ・ブライアントだろう。1989年の優勝を決める西武ライオンズとのダブルヘッダーで4打席連続ホームランを放って近鉄を優勝に導き、「神様、仏様、ブライアント様」と崇められた選手だ。
うめづのメニューにある「トルネード焼き」の「トルネード」とは、1990年に近鉄に入団して新人ながらMVPに輝いた野茂英雄の「トルネード投法」から。ウインナー3本がついてくるのは、彼の異名「ドクターK」(Kとは三振のこと)にちなんでバット3本とひっかけてあるのだろう。壁のサインをよく見ると、野茂とブライアントのサインに酷似したサインが飾られている(特に野茂のはそっくり)。野茂のサインには「トルネード焼うまい‼」という言葉と「1991.6.23」という日付が書かれているが、この日、野茂は石川県立野球場での試合に登板している。デーゲームなら東大阪で夕食をとるのも可能だが……。他のサインはタレントらしき「山田智充」以外は特定できなかった(山口智充の誕生日、3月14日の日付とともに「Birthday」と記されている)。
舞や勝の息子・貴司(赤楚衛二)が18歳になる2004年になると「うめづ」の店内はパワーアップ。一番目立つ場所に飾られているユニフォームは、1997年に本拠地が大阪ドームになった折にフルモデルチェンジして、1999年にマイナーチェンジしたバージョンに。デザインしたのは地元大阪出身のデザイナー、コシノヒロコ。コシノの母・小篠綾子は朝ドラ『カーネーション』(NHK総合)のモデルとしても知られている。1999年から球団名が大阪近鉄バファローズになり、ビジターユニフォームの胸の文字が「OSAKA」になった。地元愛の強そうな勝は嬉しかっただろう。入口側に飾られている背番号5は「いてまえ打線」を引っ張った主砲・中村紀洋、背番号21は若きエース・岩隈久志のもの。サインも増えており、リリーフエースだった石毛博史とおぼしき色紙もあった(ただし名前は「石毛博司」。サインの形も背番号も異なる)。しかし、近鉄のユニフォームが新しくなっても勝が着ているのは以前のまま。勝が過去の近鉄にも現在の近鉄にも等しく愛情を注いでいるのがわかる。
2004年にとってバファローズは激動の年だった。親会社の経営悪化にともなって近鉄がオリックスとの合併を進めていることがシーズン半ばに判明。同年11月に大阪近鉄バファローズは55年の歴史に幕を下ろし、2005年1月には事務所を閉鎖している。貴司が心の拠りどころにしていた古書店「デラシネ」の閉店に悲嘆しているのと同じタイミングで勝も大きな悲しみに襲われていたわけだ。貴司が姿を消したとき、勝が読んでいた新聞の特集は近鉄の歴史を振り返る「バファローズよ、永遠に」。会社を辞めた貴司が旅をしながら自分の居場所を探したいと告白された勝は、「お前がそう言うんだったら、やったらええ」とビッグハートで息子を包み、「お前とバファローズはいつまでも俺の星やで」とカッコよく決めてみせた。近くからいなくなってしまっても愛が変わることはない。旅立つ息子と消滅した近鉄バファローズを重ねた言葉だと考えると胸が熱くなる。
それにしても、これほど近鉄を愛している勝だが、貴司にまったく応援を強制していないのがいい。きっと幼い頃に球場に連れて行ったものの、文学が好きな貴司が興味を示さなかったのだろう。息子には息子の道があると理解していたのだ。
勝の近鉄への愛は球団が消滅した後も変わることはなく、航空学校に合格した舞には「うめづモダンミックス バファローの雄叫びスペシャル」を振る舞い、世界中がリーマンショックに見舞われた2009年になっても店にオリックスのグッズは置かれていない。まさに近鉄一筋。もし「うめづ」が2022年の今も営業を続けていたら、地元の人たちだけでなく近鉄ファンの聖地として人気を集めているに違いない。
どちらの作品も、近鉄が登場することで登場人物の「変わらぬ愛」が表現されていたように思う。それほどまでに近鉄バファローズという球団は今も多くの人の記憶に残り続けている。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK