児玉美月の「2022年 年間ベスト映画TOP10」 映画業界の旧態依然な体制の改善を願って

児玉美月の「2022年映画ベスト10」

 リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2022年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、映画の場合は、2022年に日本で公開された(Netflixオリジナルなど配信映画含む)洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第13回の選者は、映画執筆家の児玉美月。(編集部)

1.『秘密の森の、その向こう』
2.『ベイビー・ブローカー』
3.『アネット』
4.『パラレル・マザーズ』
5.『スペンサー ダイアナの決意』
6.『カモン カモン』
7.『戦争と女の顔』
8.『TITANE チタン』
9.『ユンヒへ』
10.『恋人はアンバー』

 2年前の本企画において、セリーヌ・シアマの『燃ゆる女の肖像』を1位に選出した。そこで綴ったのは、たしかにシアマがこの一本をもってレズビアン映画史のひとつの到達点を迎えたということだった。そんなシアマの新作『秘密の森の、その向こう』は、リアリズムとファンタジーの螺旋構造に、祖母と母と娘の三世代の女性の物語が織り込まれている。それは『燃ゆる女の肖像』が目論んだ壮大な試みからすれば、きわめてささやかで小さな物語かもしれない。しかし『秘密の森の、その向こう』の底流にまぎれもなくシアマの揺るぎない思想があることは、誰の目にも明らかだろう。この類稀な才能を持つ映画作家と同時代に生きる喜びを言祝ぐため、2022年のベスト映画もまたセリーヌ・シアマに贈りたい。

『ベイビー・ブローカー』©︎2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

 赤ちゃんポストを巡る物語を描く『ベイビー・ブローカー』は、是枝裕和がこれまで扱ってきた家族の主題において、愚直なまでに、そして衒いなく希望を提示する。それは鉤括弧付きの「家族」でもなければ、「擬似家族」でもない。『ベイビー・ブローカー』は血縁を絶対視する伝統的な家族像とは異なる在り方への道筋に、たしかに光を差し込む。かつて是枝監督が撮った『万引き家族』のなかに、こんな台詞があった――「捨てたんじゃない。拾ったんです。誰かが捨てたのを拾ったんです。捨てた人っていうのは、ほかにいるんじゃないんですか」。その台詞は『ベイビー・ブローカー』の主題を、端的に予告していたようにも思える。わたしたちは共に、それが建設的である限り、手を取り、対話を続けていかなければいけない。

『アネット』©︎2020 CG Cinema International/Theo Films/ Tribus P Films International/ARTE France Cinema/UGC Images/DETAiLFILM / Eurospace/Scope Pictures/Wrong men/Rtbf (Televisions belge) /Piano

 2022年は映画史にとって重大な事件が起きた年でもあった。かのジャン=リュック・ゴダールが、2022年9月13日に永眠した。ゴダール亡きいま、わたしにとってその存在それのみで「映画」を体現する数少ない映画作家がレオス・カラックスといってよい。かつてカラックスが『ホーリー・モーターズ』で姿をスクリーンに現したときの胸の高揚は、未だ筆舌に尽くしがたい。それから10年近くが経過して再びスクリーンで邂逅したカラックスの新作『アネット』は、だからもはやそれだけで記念碑的作品となってしまう。そこで描かれる「愛の結晶」或いは「未来の希望」であるはずの「子ども」は傀儡人形に過ぎず、「もう愛するものがなくなった」男は間違いなくカラックスその人だった。

『パラレル・マザーズ』©︎Remotamente Films AIE & El Deseo DASLU

 寡作のカラックスとは対照的に、精力的に新作を撮り続けているペドロ・アルモドバルの『パラレル・マザーズ』は、アルモドバル的主題にスペインの近現代史を合流させ、より彼の作家性を深化させた作品となっている。数奇な人生で結ばれたふたりの母は、レズビアンの関係へとごく自然な流れで変化してゆく。そこにはいかなるラベリングもカテゴライズも固定化させず、セクシュアリティは流動的であるというアルモドバル映画に一貫してあるメッセージが読み取れるだろう。この70歳を超えた成熟した映画作家のあらゆる性の秩序を破壊する力は、一向に衰えるところを知らない。

『スペンサー ダイアナの決意』Photo credit:Pablo Larrain

 『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』でジョン・F・ケネディ元大統領夫人のジャクリーン・ケネディを描いたパブロ・ララインが、再び『スペンサー ダイアナの決意』と題してダイアナ元妃をモデルに伝記映画を撮った。ここで現前化されるのは、忠実な伝記映画たりえるべき再現性ではなく、むしろリアリズムへの積極的な抵抗、反逆だろう。撮影監督を務めたのはセリーヌ・シアマの『燃ゆる女の肖像』で知られるクレア・マトンだが、『燃ゆる女の肖像』が孤絶された島の屋敷を主たる舞台としていたように、『スペンサー』もまたダイアナがほとんどの時間を閉鎖的な屋敷で過ごす。『燃ゆる女の肖像』の女たちにせよ、『スペンサー』のダイアナにせよ、そこには家父長制が具象化された監獄たりえる屋敷に幽閉された女たちがいる。ララインはそんな女の身体を、映画にしかなしえない仕方で解放させている。

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