『80日間世界一周』で聴く、ハンス・ジマー・ブランドの迫力 英国文化にも浸れる一本に
英BBCドラマ『80日間世界一周』は、今にぴったりな大作だ。その名のとおり世界の国々を舞台とする本作は、海外旅行が制限されたコロナ禍に制作された。そして2022年の秋、配信・放送が始まった日本は、未曾有の円安状態。膨れあがる豪華トラベルへの夢を満たしてくれるエンターテインメントとして最適だろう。このドラマには、旅行につきものの非日常やトラブルが満載で、アクションも豊富、さらにクリスマス要素もある。
『80日間世界一周』のあらましはこうだ。産業革命により移動手段が増えた1872年のロンドン。変わり者の資産家フィリアス・フォッグ(デヴィッド・テナント)は「紳士クラブ」で80日間で世界一周できるか賭けに出る。旅のおともは、根無し草のフランス人従者パスパルトゥー(イブラヒム・コーマ)、ジャーナリストを志す大新聞社の令嬢アビゲイル(レオニー・ベネシュ)。舞台となるのは、イタリアなどのヨーロッパ、スエズ運河やインド、そして香港やアメリカだ(旅程には日本もふくまれていたが、残念ながらトラブルに巻き込まれる)。
BBC肝いりの本作では、さまざまなロケーションの壮大さはもちろんのこと、音楽も没入感を高めてくれる。サウンドトラックを制作したのは、映画音楽の大御所、ハンス・ジマー。『ライオン・キング』と『DUNE/デューン 砂の惑星』でアカデミー賞を受賞し、クリストファー・ノーラン監督作品でも知られるレジェンドは、ジュール・ヴェルヌの原作小説『八十日間世界一周』の大ファンであったため、依頼を快諾し、製作陣を驚かせたという。
ジマーと協業したクリスチャン・ランドバーグは、舞台となる国々の18世紀の民族音楽を盛り込んだ。イエメンの回ではダブラッカ、アメリカ西部ではバンジョーなどの楽器が使われており、まさに「目も耳も楽しめる豪華旅行」仕様を完成させている。さらに、砂漠や海で遭難するシーンの音響は、流石のハンス・ジマー・ブランドの迫力だ。家にいながら、映画館にいる気分になれるだろう。
物語としては、古典名作の現代版アップデートも特筆に値する。じつは、イギリスでは『ドクター・フー』シリーズで知られる主演デヴィッド・テナントのコメントが物議をかもしたりもした。
「主人公のフィリアス・フォッグが象徴しているのは、憂慮すべき大英帝国独特の価値観です。『80日間世界一周』は、ほとんど共感を呼ばないイングランドについての物語でもあるでしょう」(※1)
彼が指摘するように、19世紀において、主人公は、植民地帝国における特権階級そのものだ。キャラクターとしては臆病なインテリという愛嬌があるが、エリート男性同士の「賭け」で旅行をはじめるスタートからその社会的立場は明白である。この立場は、ドラマにも生きてくる。