コン・ユが傷だらけの音楽プロデューサー役で新境地 『トランク』が描く“喪失”と“再生”

コン・ユ、『トランク』で新境地を開拓

 過去のトラウマを抱え、悪夢ばかりを見るため睡眠薬が手放せない音楽プロデューサーのハン・ジョンウォン(コン・ユ)は、元妻イ・ソヨン(チョン・ユンハ)が復縁の条件として申し込んだ、別の女性との1年だけの期間限定の夫婦になる提案をしぶしぶ了承する。秘密の配偶者探しを行う会社NM所属のノ・インジ(ソ・ヒョンジン)を新しい妻として迎えるが、復縁しか頭にないジョンウォンはインジに反発するも、徐々にお互いを知っていくふたり。しかし、ある日突然湖畔に浮かんだトランクにより、事態は思わぬ展開を迎えることとなる。

 11月29日からNetflixで独占配信されている韓国ドラマ『トランク』。厳選した作品選びをすることで知られるコン・ユは、同じくNetflixシリーズでペ・ドゥナとダブル主演したSFミステリードラマ『静かなる海』から、3年を経ての主演ドラマで配信前から注目を集めていた。

 本作は、ジョンウォンとインジが契約結婚する現在、衝撃的な出来事が起こる5年前、湖畔や取調室で捜査する警察、それぞれの持つ心の傷がフラッシュバックする場面など、さまざまな状況がクロスオーバーしながら進んでいく。『私たちのブルース』のキム・ギュテ監督によるミステリーメロということもあって、人間の奥底にある感情のうねりを繊細に映し出し、斬新な構成で展開。ふとシーンが切り替わると、時間軸も変わっている場合が多々ある。

※以降、ネタバレあり

 第1話冒頭、鳴り響く銃声と湖に沈みゆくトランクの映像が流れ、幕開けから不穏な空気しか感じない。クラブのトイレの個室で睡眠薬を握りしめながら、本人がそこにいると知らない男たちから「完全にイカれてる」「離婚もクスリのせいなのか」と、自分の陰口を叩かれていることを陰鬱な表情で聞いているジョンウォン。睡眠薬を飲んでダンスフロアに出ると、天井からシャンデリアが巨大化し降ってくる幻覚を見る。

 気づくと豪邸の自宅にいたジョンウォンは、所属する会社社長に電話し、「ゾンビかよ。トイレで何してるんだ」と呆れられ、病院通いを勧められる。だが「20年以上通ってる」と切り返す、薬漬けのジョンウォン。かたや復縁を望まれているソヨンは、一見テキパキと働く自立した女性のように見える。復縁を懇願するジョンウォンに、「たった1年だし政略結婚だと思えばいい」とそっけなく返すソヨン。自身はさっさと年下の男ユン・ジオ(チョ・イゴン)と再婚し、すり寄ってくる夫を突き放し、高みの見物を決め込む。いびつな関係の元夫婦といえる。

 一方、インジは、まったく心を開かないジョンウォンを前にしてもひるまない。いつも淡々と食事の支度をし、いい時も悪い時も何かあっても「契約書に書いてある」「マニュアル通りに仕事しているだけ」と伝えてくる。これまでNMの社員として、死期が近く最期に結婚したい男、同性愛をカモフラージュするために結婚したい男などの契約結婚を4度経験していて、ジョンウォンとの結婚は5度目。NM代表イ・ソン(オム・ジウォン)からも「これまでとは違う結婚になります」と聞かされ、業務を承諾したインジだった。感情が表に出ないインジだが、古びたマンションの部屋に戻ると、束の間だけ何者でもない素顔をさらけ出す。

 これらメインキャストに加えて、インジに執着し続け邪魔になる周囲の人間を殺すこともいとわないストーカーのオム・テソン(キム・ドンウォン)、ソヨンの本心を言い当てる鋭さがあるわりに講師として潜り込んだテソンが異質な人物と気づかないお茶の先生、ジョンウォン所属会社の社長夫妻、インジを心配する友人などが登場。監督所縁のキャストにチャ・スンウォン、イ・ジョンウン、チェ・ヨンジュンが、さらにチョン・ギョンホやイ・ギウが出てくるのも見逃せない。

 とはいえ、本作の一番の見どころは、どのように彼らの心の闇が明けていくのかということ。正直なところ、ジョンウォンは哀れな男、インジは仮面の女、ソヨンは狂った女という印象。第1話、第2話……と本作を観ていくにあたり、ふとミュージシャンの中村一義が100sというバンドを組んでいた時に「僕は死ぬように生きていたくはない」と歌っていた「キャノンボール」という曲を思い出した。中村が歌ったようにポジティブな意味ではなく、『トランク』の登場人物はこの歌詞の真逆。彼らはまるで“生きているのに死んでいる”のだ(ジョンウォンは社長から「ゾンビかよ」とツッコまれていたが)。それぞれが抱えるトラウマによって、何かしらの感覚が欠落している人たち。大事な何かを喪失したまま、同じところをぐるぐると回っている。

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