『バルド、偽りの記録と一握りの真実』はアレハンドロ・G・イニャリトゥによる『8 1/2』か

『バルド』はイニャリトゥ版『8 1/2』

 映像的な見どころとなっているシーンの一つでは、街の人々が次々と倒れ、死体の山が築かれる凄惨な光景が広がる。その象徴的なビジュアルが意味しているのは、1510年代の大陸発見から始まった、スペイン人による先住民や王朝の征服と虐殺である。また、スペイン人が持ち込んだ天然痘によって、多くの人々が命を落とすこととなった事実をもイメージとして持ち込んでいる。これが、現在の新型コロナウイルスのパンデミックの構図を想起させるかたちで描かれていることは明らかだろう。そしてこれはまた、『レヴェナント:蘇えりし者』で監督自身が描いた、アメリカの入植者によるバッファロー乱獲のイメージの再現でもある。

 本作では、1840年代の「米墨戦争」で、アメリカに銃剣で蹂躙されたメキシコの歴史も描いているが、そこで殺されたスペイン系のルーツを持つ兵士の祖先もまた、先住民を虐殺していることになる。このように、加害者と被害者が歴史のなかで複雑に絡まりあっている状態が、「メキシコ」であると、イニャリトゥ監督は映像そのもので表現しているのだと思われる。

バルド、偽りの記録と一握りの真実
Limbo Films, S. De R.L. de C.V. Courtesy of Netflix

 メキシコに帰ると複雑な感情にとらわれてしまうシルベリオだが、一方でアメリカにいるときは、メキシコを恋しく思ってしまうようだ。

「ふるさとの 訛(なまり)なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聞きにゆく」

 石川啄木の歌集『一握の砂』に収められた、この短歌は、「東京の北の玄関」といわれる上野駅に、故郷の東北訛りの声を聞きにいくという一場面が示されているといわれる。石川啄木が、この行為を通して故郷への愛情を表現しているように、イニャリトゥ監督もまた、電車に乗りメキシコ系の人々が多いエリアまで出かけていってまで、故郷に思いを馳せるシルベリオの姿を描いている。

バルド、偽りの記録と一握りの真実
Limbo Films, S. De R.L. de C.V. Courtesy of Netflix

 愛する家族、かけがえのない故郷、幸せな、そして悲しい思い出の数々、土地の歴史と世間の感情……。そして、異国へと旅立ち、時代を切り拓いてきたイニャリトゥ監督の功績。その実感を映像化した本作は、まだぎりぎり60歳に届かない年齢の監督には、少し早いと感じられるかもしれない。だが、フェデリコ・フェリーニ監督が、代表作の一つともいわれる『8 1/2』を撮ったのは、40代前半だったのも確かなのだ。

 本作でも描かれるように、どんな予想外のトラブルが起きるか、一寸先の展開が分からないのが人生だ。映画監督が、このような性質の映画を撮るチャンスに恵まれたとしたら、断る理由はないだろう。

■公開・配信情報
Netflix映画『バルド、偽りの記録と一握りの真実』
一部劇場にて公開中
Netflixにて、12月16日(金)独占配信
SeoJu Park/Netflix © 2022
公式サイト:bardo-jp.com

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