ドラマの“王者”に帰還? 『PICU』『silent』など“描くべきこと”を示したフジテレビ

フジテレビドラマが“王者”に帰還?

 1990年代のフジテレビドラマ全盛期を通ってきた世代にとって、いまでもフジテレビのドラマがおもしろいというだけでそのクール全体が“当たり”であると感じてしまう。現在放送中の10月クールにおける民放のプライムタイム帯の連続ドラマは、日本テレビとTBS、テレビ朝日がそれぞれ3本、フジテレビが4本。どれも軒並み粒ぞろいではあるが、とりわけフジテレビの作品にはかつての“ドラマの王者”としての貫禄が戻ってきたかのような、強い自信に満ちた作品が並んでいるように見える。

 そもそも一昔前のように、視聴率が必ずしも人気と直結しなくなっている昨今、自ずと作品の描き方も見せ方も変わらざるを得なくなっている。遡ってみれば、かつてあった週一の視聴習慣が廃れてくれば、ストーリー上の連続性よりも単発エピソードの積み重ねでいかに作品の世界観に落とし込んでいくかに注力されるようになり、そこに終盤まで引き伸ばす大きなミステリーを加えることで視聴者の興味を持続させる。さらには1クールを前半と後半に分けてみたりと、連続ドラマと一口に言ってもその試行錯誤は様々である。

 ここ最近はもちろん録画視聴もあり、配信での見逃し視聴もあり、それぞれの作品がどこかしらの動画配信サービスで後々一気に視聴できたりと、とにもかくにもフレキシブルである。そこにTVerによるリアルタイム配信が可能になったことやSNSでの実況、ネタバレを忌避する視聴者の増加などもあって再び視聴の習慣化が復活しつつあるとなれば、単に興味を持続させること以上のクオリティが求められるのは当然の流れだ。

『silent』©フジテレビ

 今期のフジテレビドラマを俯瞰してみれば、4本中3本が女性脚本家による作品という特徴がある。とはいえ作品の優劣をクリエイターの性別で語るのはあまり適切ではないので深くは言及しないが、今期のひとつのトピックであることは間違いないだろう。そのなかでもやはり注目すべきは、木曜22時枠の『silent』を手掛ける生方美久であり、とても初めて連続ドラマの脚本を手掛けたとは思えないほど精巧に物語を紡ぎだすのだから驚きである。

 テレビドラマの成否は概ね脚本で決まると言ってもいい。話数や放送時間など、かなりの制約が入ったなかでいかにして物語を構成していくか。また1話47分×10話ならばおよそ映画4本分の尺がある。膨らませ方、情緒の付け方、そして視聴者にどう観てもらうかまで考えなければならず、その設計図たる脚本の影響力はあまりにも大きい。

『silent』©フジテレビ

 『silent』という作品の凄みは脚本であり、その精巧な脚本があるからこそ導かれる演出のテクニックであり、そしてその両者によって引き出された演者たちの真実味に他ならない。手話でのやり取りに字幕が載せられる以上、“ながら見”はほとんど許されない。音声による会話がなされるシーンでも、さりげない仕草や目線の変化などが極めて大切に扱われており、視聴者は画面に釘付けにならずにはいられない。これは昨今の映像全般の視聴傾向を考えると、かなりチャレンジングなものである。

 それに加えて、劇中に登場する小田急線の世田谷代田駅や、川口春奈演じる紬が働く渋谷のターワーレコード、紬と目黒蓮演じる想が訪れるカフェが“聖地”と化しているように、現実に存在する場所を劇中でもきちんと現実に存在する場所として取り扱っている。それはリアルとフィクションの境界を良い意味で曖昧化させ、視聴者にとっては自分たちの知らない現実世界のどこかに、この登場人物のような人々がいるのだと思いを巡らせることになる。それはまさしく生方が敬意を公言している坂元裕二の手掛けた諸作品、とりわけ『東京ラブストーリー』などのトレンディドラマに見られたような、都会的な物語の密度の高め方によく似ている。

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