『舞いあがれ!』が涙腺を刺激する理由 “説明”ではない脚本・演出の凄さを読み解く

『舞いあがれ!』が涙腺を刺激する理由

 本作の作り手は、まるで合気道の達人のようだ。しなやかで美しい動作に見とれていたら、知らぬ間に急所をやられる。のびやかな物語に身を委ねていたら、いつの間にか心を鷲掴みにされる。このドラマを観ていると、「描写」とは「その場面にその場限りの説明を与える」ことではなく、長い「積み重ね」のうえで実現するのだと強く実感する。観ている側はその丁寧な「積み重ね」により、人物をしっかりと掘り下げることができる。だから、登場人物の心情と、受け手(視聴者)の心情がふれあった瞬間に、自然と涙が出てしまうのではないか。

 主人公の子ども時代に3週を費やすという、ここ10年の朝ドラでは珍しい構成。これも、実直な「積み重ね」を大事にする本作の哲学の表れと言えるだろう。他者、特に母・めぐみ(永作博美)の気持ちを汲み取りすぎるゆえ、熱を出す癖がついてしまった子ども時代の舞(浅田芭路)が、祖母・祥子(高畑淳子)のもと、五島の豊かな自然の中で暮らしながら、健康と自信を取り戻し、自立の心を身につけていく姿をじっくりと描いた。

 食事の後の食器を下げることも知らなかった舞が、「自分のことは自分で」と祥子に促されて少しずつ成長していく。失敗を恐れて踏み出せなかった舞が、「失敗ばすっとは、悪かことやなか」という祥子の教えに導かれ、「できること、得意なことを見つける」「失敗しても次に活かせばよい」という前向きさを身につける。東大阪の町工場から見ていた空とは違う、五島のきれいな空気、大きな空に包まれて、上を見上げることを知り、空にあこがれる。みんなの力を借りながら、思いっきり走ってばらもん凧を揚げることに成功する。こうした、少しずつ、少しずつのステップを積み重ねていく少女時代の舞の姿が、大学生になった舞に、見事につながっている。

 五島を去る日、自分で起きることもできなかった舞がきれいに畳んだ布団と、舞が4カ月を過ごした部屋だけが無言で映し出される。それだけで、舞の成長と、祥子の嬉しさ・寂しさが観る者の心に迫ってくる。凡百のドラマならここで、「そこには舞ちゃんが自分で畳んだお布団がありました」などと野暮なナレーションを入れるか、少なくとも事前に舞が自分で布団を畳むシーンを入れるだろう。

舞いあがれ!20話

 舞が理系を志し、浪速大学航空工学科に入るまでの過程は描かれなかったが、彼女が五島で身につけた「ひとつひとつのステップを確かめながら、着実に前に進む」という特性が活かされた進路希望であり、合格という結果だったのだろうと容易に想像できる。こうした豊かな「行間」が生まれるのも、この作品がきちんと「描写」を重ねてきたからに他ならない。

 「なにわバードマン」の人力飛行機作りで、仲間の1回生が胴体を削りすぎてしまったときも、「だいぶ慣れてきたから次はもっと早く削れるで」と前向きな声をかける舞の中に、祥子の教えが息づいていることがわかる。ばらもん凧を揚げられたことで得た「ひとりでは飛べないけれど、みんなで力を合わせれば飛ぶことができる」という舞の「成功体験」が、人力飛行機、そして将来ジェット機のパイロットを志すことにつながっている。

 「誰も置いてきぼりにしない」作劇と前述したように、タイトル『舞いあがれ!』の主語は、舞と、舞の夢である「飛行機」だけではない。「みんな」なのだろう。みんな舞いあがれ!――かつて舞が自分の姿を重ねていた、すみっこにいる黒うさぎ「スミちゃん」が、ばらもん凧に描かれて空高く舞ったシーンが象徴的だった。誰しもに人生があり、物語があり、幸せになる権利がある。辛いこともたくさんあるけれど、力を合わせていっしょに舞いあがっていこうよ。そんなメッセージが、このドラマには込められているのではないだろうか。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK

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