『舞いあがれ!』が涙腺を刺激する理由 “説明”ではない脚本・演出の凄さを読み解く
「スワン号」を追いかけて、舞(福原遥)が滑走路を全速力で走る。少女時代、走るたびに熱を出して苦しんでいた舞の成長に、目頭が熱くなってしまう。『舞いあがれ!』(NHK総合)第4週「翼にかける青春」では、舞が浪速大学のサークル「なにわバードマン」に入部、人力飛行機作りに夢中になる姿が描かれた。しかし、完成したスワン号が記録飛行の予行で墜落。パイロットの由良(吉谷彩子)が足を骨折してしまい、悩んだ末に舞は、みんなの思いを背負ってパイロットに志願することを決意する。
このドラマを観ていると、これといって「泣かせる」場面でもないのに涙腺が決壊してしまうことがたびたびある。いや、作り手側が「泣かせようとしていない」からこそ、泣いてしまうのかもしれない。さしてドラマチックな“イベント”は起こらず、ひたすら舞と、周囲の人々の日常を淡々と描いていく本作には、誰も置いてきぼりにしない「やさしさ」が貫かれている。どの人物も「記号」にならず、その人らしく、ひたむきに生きている。だから、初月給を使って金子光晴の自伝を買う貴司(赤楚衛二)に泣き、ずっと寡黙に作業を続けていた先輩部員の空山(新名基浩)が初めて口を開いて語った「スワン号が最後の人力飛行機」という言葉に泣けてしまう。
一見「なんてことない」日常に、その人の生きてきた足跡が刻まれている。心優しい貴司(少年時代:齋藤絢永)は、友達とサッカーをしていても「周りに合わせてるだけ」と自覚している少年だった。クラスの中で、一足先に内面だけ大人びてしまって、どこか居心地の悪さを感じていたのかもしれない。しかし、まだ小学3年生の貴司には、その「もどかしさ」を言語化できない。
そんな貴司が古本屋「デラシネ」の店主・八木(又吉直樹)と出会い、詩と出会い、自分の「居場所」、自分だけの「言葉」を見つける。八木が自費出版した「この世に2冊しかない」詩集を読んで貴司がつぶやいた「寂しくて、きれい」という感想に、これまた泣かされた。子ども心にどこか満たされなかった貴司が、どこまでも飛んでいける「翼」を授かった瞬間だった。そんな彼の来し方を知っているからこそ、初めての給料で買った金子光晴の自伝に泣けるのだ。
「イカロスコンテスト」での優勝を見届けるまでは引退できないと、留年し続ける「永遠の3回生」、空山。個性豊かな部員たちに混じって、舞が「なにわバードマン」に入部してから、ひと言も言葉を発さず、ひたすら黙々と「翼(よく)」を作り続けていた。この晴れ舞台のために部員全員が1年間をかけていた「イカロスコンテスト」に落選したとの報せがもたらされたときも、他の部員が泣きそうになって「なぜ?」と部長の鶴田(足立英)に詰め寄る中、空山だけが自分の持ち場で黙って作業を続けている。その姿が、のちに明かされる「これが7度目にして最後の挑戦」であることにつながるからこそ、観る者の心を揺さぶる。
決して目立とうとせず、目的達成のためにやるべきことを淡々と、地道に続ける。何かを声高に叫ばずとも、静かに、内側で情熱の炎が燃えている。空山の姿は、このドラマそのものを体現しているようにも見えた。