『ブレット・トレイン』に感じる数奇な運命 荒唐無稽な内容と懐かしい雰囲気の背景とは

『ブレット・トレイン』に感じる数奇な運命

 しかし伊坂幸太郎による、このさまざまな殺し屋たちが新幹線のなかでぶつかり合うという、ある意味で高校生の妄想をかたちにしたかのような物語とは、いったい何を意味していたのだろうか。その最も簡単で分かりやすい解釈は、“タランティーノ映画の世界”の再現である。伊坂は、クエンティン・タランティーノ監督の映画作品に世代的な影響を受けたことを、中央公論社のインタビューなどで明かしている。

ブレット・トレイン

 実際、この世代のクリエイターによる、1990年代のタランティーノ作品からの影響は凄まじいものがあり、90年代後半から2000年代にかけての、世界中の若手の映画作品には、明らかに類似した内容のものが多かった。『陽気なギャングが地球を回す』は、伊坂による原作小説も映画版(2006年)も、そんなタランティーノのフォロワーの作品として数えられるものだったといえよう。そんな犯罪を題材にした伊坂作品は、複数の小説が世界観を共有していたり、オタク的な例え話が登場したりと、これもまたタランティーノ監督の諸作と類似した創作スタイルだといえる。

 本作がそのような性質を持った作品だということを考えれば、やりたかったことも理解しやすくなるだろう。ブラッド・ピット演じる主人公“レディ・バグ(てんとう虫)”は、とにかく運がツイてない殺し屋で、運の巡り合わせによって、殺し屋たちが入り乱れる厄介な新幹線に乗車することになる。そして、何度下車しようと思っても、この危険な列車からなかなか脱出することができない。しかし、彼は同時に数奇な運命の流れによって、数々の死の危険を逃れてもいるのである。

ブレット・トレイン

 ここで思い出すのは、タランティーノ監督の代表作の一つ『パルプ・フィクション』(1994年)だ。互いのエピソードが絡み合うオムニバス形式として描かれる、この犯罪群像劇は、やはり複数の登場人物の数奇な運命がそれぞれに影響を与え合うことによって、不思議な運命へと到達していく流れを描いていた。

 ブルース・ウィリス演じる、ギャングに追われるはめになったボクサーは、逃亡中にもかかわらず、代々一族に伝わっている大切な金時計を取りに自宅まで戻ってしまう。そのせいで彼は、さまざまな偶然の出来事によってピンチに陥るも、数々の危機を乗り換えることになる。そして、彼の行動が他の登場人物の運命を変えることにもなるのだ。また、サミュエル・L・ジャクソン演じるギャングも、ある出来事を“奇跡”と解釈したことが、最悪の運命を回避することにつながることとなる。

 危険に身を置くアウトローたちが、運によって死に至ったり、生き残ったりする。この微妙な要素が生と死の間に介在している状態に、ある種のセクシーさが漂っているというのが、タランティーノ作品に共通する魅力なのだ。その一種のハードボイルドなスタイルの上に、無駄話や例え話、ポップカルチャーがふんだんに盛り付けられているのである。これは、タランティーノ監督に大きな影響を与えた、エルモア・レナードの犯罪小説にも繋がるところだといえる。

ブレット・トレイン

 そんなエルモア・レナードの小説を原作としたタランティーノ監督作が『ジャッキー・ブラウン』(1997年)だった。これと本作『ブレット・トレイン』は、犯罪者たちが大金を一つの「マクガフィン」として奪い合い、殺し合う。この情緒を排したドライな欲望による騙し合いというのは、貧富の差が大きなアメリカ社会において、子どもがサンタクロースを信じるように、存在すると信じられている“逆転のチャンス(アメリカンドリーム)”を、ある意味で象徴的に凝縮したイメージだといえる。

 タランティーノ作品における重要な“運”の要素というのは、まさにこの成功とリスクの間を行き来するものとして描かれていた。『マリアビートル』がアメリカの映画の題材になったというのは、この感覚が非常に色濃く出ていたからでもあるだろう。

ブレット・トレイン

 おそらく伊坂幸太郎は、在住している仙台と出版社の間を繋ぐ東北新幹線に乗りながら、タランティーノ的なスタイルとテーマによる、殺し屋たちの戦いを、車内でいろいろと妄想していたのではないだろうか。そんな小説の物語が、またタランティーノやエルモア・レナードの国の映画となって還元され、われわれ日本の観客のもとに届いたのである。この事実も、一つの数奇な運命を感じさせるものだ。

■公開情報
『ブレット・トレイン』
全国公開中
出演:ブラッド・ピット、ジョーイ・キング、アーロン・テイラー=ジョンソン、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ザジー・ビーツ、ローガン・ラーマン、マイケル・シャノン、アンドリュー・小路、ベニート・A・マルティネス・オカシオ(バッド・バニー)、福原かれん、真田広之
原作:伊坂幸太郎『マリアビートル』(角川文庫刊)
監督:デヴィッド・リーチ
脚本:ザック・オルケウィッツ
配給:ソニー・ピクチャーズ
公式サイト:https://www.bullettrain-movie.jp
公式Twitter:https://twitter.com/BulletTrainJP
公式Instagram:https://www.instagram.com/BulletTrainJP/

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