仲野太賀×草彅剛による渾身の芝居のラリー 『拾われた男』が刻みつけた一人の男の人生
第7話以降、まるで武志のほうが主人公であるかのようにストーリーが展開していくのも印象的だ。諭の物語が「Side A」だとするなら、武志の物語はさながら「Side B」で、2人の兄弟は合わせ鏡のように描かれる。兄と自分は互いに嫌い合っていると思い込んでいた諭が、アメリカの知らない田舎町で、武志の「意外な一面」を知っていく。
武志が、職場であるレストランではいつもジョークを言って場を和ませるムードメーカーだったこと。日本で俳優として活躍する諭のことを誇らしげに友人に語っていたこと。諭が嫌いな「太巻き」を武志が提案し、レストランの看板メニューとなり大繁盛したこと。諭は、友人や仲間から武志の“口述史”を聞かされ、長年閉めていた「蓋」を開ける。諭にとって兄を「見つける」ことは、自分を「見つける」ことでもあったのかもしれない。サブタイトルとしてつけられた「LOST MAN FOUND」の「MAN」は、諭のことであり、武志のことをも意味するのかもしれない。アメリカに渡ってからの、兄弟のヒリヒリとした会話。仲野太賀と草彅剛による渾身の芝居の“ラリー”に、息を呑んだ。
「禍福は糾える縄の如し」。物事はなんでも背中合わせだ。“武志編”に入ってからは、いくつもの“反転”が起こった。勝手にアメリカに飛び出して、勝手に病気になって倒れたやっかいな兄だと思っていたけれど、実は、病に至るまで武志を追い詰めたのは、諭が送った「縁を切ります」というメールだったかもしれないことが明らかになる。人生、なにがどう絡み合って、どう転ぶかわからない。諭がずっと苦々しく感じていた武志の「スペシウム光線」は、アメリカでの武志の“家族”、エイドリアン(Kyla Burke)とショーン(Luke Speakman)を救う「幸せのおまじない」だった。
さらに父・平造の口からも、知られざる事実が語られる。かつて『野生の象徴』を武志のものだと決めつけ問い詰める諭に、ぶっきらぼうに「知らん」とだけ言った武志は、実は父の名誉を守っていたことがわかる。子ども時代に武志が家出した本当の理由は、多様性に不寛容な父親に嫌気が差したからであり、この出来事が、やがて武志をアメリカに向かわせたのだった。
また武志の死後、諭は、亡き幼なじみの野本 (片山友希)の母(高田聖子)が経営するうどん屋「のもと」で、アメリカに旅立つ直前にここに寄った武志の話を聞かされる。諭は、自分が武志から小馬鹿にされているとばかり思っていたのに、武志は野本らに「本当は、いつも諭が羨ましかった」と語っていた。そして、諭の姿を見て背中を押され、アメリカに行く決意をしたのだという。
子ども時代の諭(今津心之介)が「兄ちゃん、待って」と武志を自転車で追いかけるけれど、置いてきぼりにされてしまう回想が、たびたび象徴的に登場した。ドラマのラストシーンでは、その“反転”も起こる。諭が見た幻影の中で「記憶ちがい」の答え合わせが行われ、武志は引き返して、倒れた自転車をいっしょに起こして、諭を助けてくれる。
しかし、このドラマの作り手、そして原作者の松尾諭が言いたかったのは「死後に兄弟が和解し、家族が再構築してめでたしめでたし」だけではないと感じる。家族全員揃って武庫川沿いで花見をした際、「その都度、その刹那は、父・兄に対して素直になれても、やっぱり家族揃ったときのこの空気が苦手だ」と吐露する諭に向かって、結が言った言葉が、この物語の結論なのではないかと思う。
「そういう居心地の悪さとか、良さとか、『ありがとう』って思えた時の感じとか。お父さんと素直になれた時の気持ちとか、そういうのを、ちゃんと心で覚えておくものなんじゃないの? 俳優さんは」
それもこれも、すべて抱えて、芝居の「肥やし」にして生きていく。役者の業(ごう)が色濃く刻まれたドラマであった。そして同時に、たまたま主人公の職業が「俳優」であるだけで、誰しもにも起こりうる「人生のすべて」が詰まった作品だった。諭はこれからも、武志のことをたまに思い出しては涙を流したり、かと思えば「やっぱりムカつくわ〜」と毒づいたりを繰り返すのではなかろうか。そうして生きていくのだろう。人間とは、人生とは、そういうものだ。
■配信情報
『拾われた男』
ディズニープラスにて配信中
出演:仲野太賀、伊藤沙莉、鈴木杏、伊勢志摩、北村有起哉、要潤、安藤玉恵、前田旺志郎、北香那、松本穂香、岸井ゆきの、片山友希、大東駿介、塚本晋也、六角精児、夏帆、松尾諭、柄本明、ベンガル、綾田俊樹、末成映薫、井川遥、風間杜夫、石野真子、薬師丸ひろ子、草彅剛
原作:松尾諭著『拾われた男』(文藝春秋刊)
監督:井上剛
脚本:足立紳
音楽監督・音楽:岩崎太整
制作・著作:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社/株式会社NHKエンタープライズ
©2022 Disney & NHK Enterprises, Inc.
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