『空白を満たしなさい』全5話はこれからの人生に沁み渡る “正しさ”を重視する現代の中で

『空白を満たしなさい』は人生に沁み渡る

 徹生は最終話において、3人の人間を救った。1人は、「自分の中の“暗いもの”を消そうとするんじゃなくて、見守っていけばいい」ことを理解したことで救われた、彼自身。2人目は、前述したように、徹生の「肯定」によって救われた千佳。そして、3人目は、徹生と千佳と視聴者を、全篇通して翻弄し続けた人物・佐伯(阿部サダヲ)だった。最終話の終盤、家で徹生からの手紙を読む佐伯に、光が射していた。ただそれだけで、「愛されないという孤独」の中で生きる彼の人生に、一筋の光が射したように見えた。それとは対照的に、ストップモーションの後の「空白」の白で終わりを迎えた徹生のエンディングは、片や「生」と、片や「死」を暗示するようで、切なさが残る。

 また、第4話における、佐伯の「耳を削いだ、病んだゴッホを、他の全員が殺した」、つまり「欺瞞に満ちた正しさが人間を殺す」という言葉は、1人の人間の内部の戦いを示すだけでなく、社会全体を暗示しているように思う。「理解不能だから」というだけで「復生者ヘイト」を繰り広げる人々。自分には理解の及ばないことばかり口にする佐伯を毛嫌いする人々。徹生が自ら「正しくない考えを持つ自分」を殺しにかかったのは、彼個人の問題というだけでなく、「正しさ」ばかりを重視しすぎる、現代社会全体の生きづらさの問題でもある。

 本作が何より優れていたのは、「自殺」という、「自分には関係ない」「暗い」と話題自体を忌避してしまいがちなテーマを、誰にとっても身近な「心の揺れ」を通して描いたことだ。それによって、徹生の身に起きたことは、他人事ではなく、誰でも起こり得ることなのだと伝えたのである。

 徹生や千佳、佐伯だけでなく、普段口にしないだけで、恐らく、誰もが抱えているのではないか。心の奥に、何か暗いものを。誰にも知られたくないと思う、許しがたい無数の「嫌な自分」を。明るい方へ、明るい方へ向かうためには、闇を断たねばならない。常に「笑顔でいなければ」。「明るい自分でいなければ」。でも時折、そんな自分に、窒息しそうになる。その一方で、大切な人といる時の「笑顔の自分」もまた、本当で。

 本作は、そんな誰もが持つ心の揺れを丁寧に紐解き、尚且つその全てを受け入れる、稀有な作品だった。佐伯が特に、過度に大きな変化(急速に善人になったり、前向きになったり)を強いられることなく、彼は彼のまま最後まで存在し続けたこともまた、大きな意味がある。「自分の中の“暗いもの”を消すのではなく、見守っていく」。徹生が出した答えは、そのまま、私たちの明日へと続いていく。

■配信情報
『空白を満たしなさい』【全5回】
NHK+にて8月6日22時49分まで最終回配信中、NHKオンデマンドで配信中
出演:柄本佑、鈴木杏、萩原聖人、渡辺いっけい、うじきつよし、藤森慎吾、ブレーク・クロフォード、風吹ジュン、阿部サダヲほか
原作: 平野啓一郎『空白を満たしなさい』
脚本:高田亮
音楽:清水靖晃
制作統括:勝田夏子(NHKエンタープライズ)、落合将(NHK)
演出:柴田岳志(NHKエンタープライズ)、黛りんたろう
写真提供=NHK

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる