『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』が体現したアメコミの自由さ
サム・ライミといえば、『死霊のはらわた』(1981年)でホラー映画の新星として現れ、90年代は様々なジャンルで修行を積みつつ、ゼロ年代にはスーパーヒーロー映画の金字塔『スパイダーマン』(2002年)を手掛けた人物。気付けば40年選手、まさにジャンル映画業界の巨匠である。本作ではこれまでライミが積み上げてきた技術を在庫一掃と言わんばかりに総動員されているので、これがMCUとのファーストコンタクトでも楽しめるだろう。
開幕早々にアクロバティックかつダイナミックなアクションをブチ込んだのは、ライミの堂々たる“アクション”現役宣言にほかならない。勝手に胸中を察するが、恐らく同じくホラー映画畑出身のジェームズ・ワンが、今やアクション監督としても一流の腕前を発揮しているのを見て、「オレもできるぞ!」と思ったのではないか。それはさておき、怪獣映画的なパニックをベースに、はじめましての観客に対してストレンジ先生の能力「物体を分解・再構築する」「魔法陣でワープできる」「気のいいマント」「すごい魔法使いだけど、なんでもできるわけではなく、ブン殴られると普通に気絶する」をサクっと紹介してしまうのは匠の技。この掴みだけでも普通のアクション映画のクライマックスくらいの完成度があった。
そして中盤以降はホラー映画マスターの本領発揮。隠す気のない『死霊のはらわた』のセルフパロディをやって、今回のヴィランを最大限に怖く描きつつ、「この映画を観に来た子供に、何年か経ったあと『あの映画で〇〇が××されるシーンがトラウマでさぁ』と言わせるのがホラー映画監督の仕事じゃい!」と言わんばかりの強烈な残虐シーンまで。もちろんライミ監督の盟友である「あの男」も最高に美味しい役で登場。これはヒーロー映画だが、同時に間違いなくサム・ライミ映画である。ライミのファンならば「これこれ!」となること必須だ。
本作は正直、わからない点もある。そもそも並行世界ものなので話が複雑なうえ、固有名詞が飛び交い、予習を前提としている部分も多いが、それを補ってあまりあるほど単体の作品として完成度が高い。端的にいえば「何が何だか分からないけれど、とりあえず面白かった」の領域には十分に到達している。そして観終わったあとに「あれってどういう意味だっけ?」とネットで「復習」をしたくなるのだ。それはまさに、20年前に小プロ翻訳本の注釈を確認している時と同じである。アメコミの世界は広く深い。本作はその醍醐味が味わえる1本だ。
■公開情報
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』
全国公開中
監督:サム・ライミ
製作:ケヴィン・ファイギ
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、エリザベス・オルセン、ベネディクト・ウォン、レイチェル・マクアダムス、キウェテル・イジョフォー、ソーチー・ゴメス
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)Marvel Studios 2022