映画作家・矢野瑛彦による“生”をみつめた物語 『yes,yes,yes』『pinto』公開に寄せて

矢野瑛彦が映画で問う「生きること」

 一方、2017年の第4回新人監督映画祭の長編部門でグランプリに輝いた『pinto』は、「あなたの良いところはわがままを言わないところ」と母親から言われ、半ば自らの意思よりも母の都合優先で生きてきた由紀子が主人公。

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 母が男をとっかえひっかえ状態で、その都度、新しいお父さんがやってくる特殊な環境下で育った彼女は、世の中に絶望まではしていないが、何の期待もしていなければ、希望のようなものも見い出せていない。ただ、漠然と「生きる」ということは、今の自分の状態ではないことに気づいている。しかし、それをどうすれば打破できるか、答えはまだ持ち合わせていない。

 その中で、母親の恋人からもらったカメラで世の中をのぞきはじめたとき、由紀子はそれまでとは別の視点をもつことに。その瞬間から彼女の中で世界が拓け、自分のいる世界が違って見えるようになる。

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 これまでグレーにしかみえなかった世界が、生命の息吹を感じるようにカラーの世界へと変貌する。そして、心の底からシャッターを切りたくなるのは、彼女にとって「生きているというのはこういうことなのではないだろうか」という瞬間。この出会いから彼女は、ほんとうの意味で生きていくことになる。

 最後に、2017年の札幌国際短編映画祭、ジャパンパノラマ部門に入選した『賑やか』は、生きる意味を失った男・ゆうさくが主人公だ。

 愛する男が突然行方をくらまし、連帯保証人として多額の借金を背負ったゆうさくは、やばい仕事を請け負うことになる。ただ、彼の中に現在フラッシュバックするのは愛する男との思い出ばかり。恋人への思いが募るほど、彼は自分が今生きている意味を問うことになる。

 このように、矢野瑛彦という映画作家は、生きる意味を見出せないでいる人間たちに思いを馳す。社会の片隅にいるであろう彼らの心模様に寄り添い、焦点を当てる。そして、ともすると社会から消えてしまいそうな、生きづらさを抱えた彼らの「生」を粗末にしない、排除しない。彼らのような存在を肯定する。生きる意味を見失った人間から、生きる意味を見出そうと試みる。その実直に「生」をみつめた物語は、今を生きるわたしたちとどこか重なるところがきっとあるに違いない。

 なお、今回の劇場公開は、『凱里ブルース』『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』のビー・ガン監督や、『チャンシルさんには福が多いね』のキム・チョヒ監督ら、海外の新人監督の作品を積極的に紹介してきた配給会社<リアリーライクフィルムズ>が、日本のインディーズ映画に於ける才能ある映画作家を紹介する新レーベル《ReallyLiKeFilms SHOWCASE》の第1弾。

 まだ商業公開の目処が立っていない自主制作作品をピックアップし、気鋭の新人監督を発掘、作品を劇場公開していく意向というこの新たなプロジェクトが、今後、どのような才能を紹介していくのかにも期待したい。

■公開情報
『yes,yes,yes』『賑やか』『pinto』
アップリンク吉祥寺にて公開中

Aプログラム
『yes,yes,yes』
出演:上杉一馬、瓜生和成、井上みなみ、川隅奈保子
監督・脚本:矢野瑛彦

『賑やか』
出演:武谷公雄、奥津裕也、岩瀬亮、木村知貴、藤野晴彦
監督・脚本:矢野瑛彦

Bプログラム
『pinto』
出演:小野寺ずる、大橋一輝、永峰絵里加、木村知貴、坊薗初菜、岡野康弘、矢野瑛彦、富永敬太
監督・脚本:矢野瑛彦

配給 : リアリーライクフィルムズ、アルミード
(c)矢野瑛彦
公式サイト:www.reallylikefilms.com/yesyesyes

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