『鹿の王 ユナと約束の旅』はアニメ史に残る一作に 息を呑むほどの動物表現に注目

『鹿の王』はアニメ史に残る一作

 またそれらは動物以外の描写でも際立っている。例えば冒頭で奴隷となった人夫が、力尽きて転落するシーンのバランスの崩し方や重力表現にも、リアルな映像表現が味わえる。主人公のヴァンが地下労働所を脱出する際に縄梯子を登るのだが、これが固定化された梯子ではなく、ただ上部からぶら下がっているだけのゆらゆらと揺らぐ縄梯子を、後ろに幼いユナを抱えながら登る作画のバランス感覚の描き方などは、まさに筆舌に尽くし難い。

 こういったアニメ表現が最初から最後まで続き、一瞬たりとも飽きさせることがない。まさに作画技術の粋を極めた作品と言えるだろう。

 だが、一方でこの楽しみ方は観客を選んでしまうのかもしれない。今作では予告でも『もののけ姫』の名前が使われているように、スタジオジブリ出身のクリエイターの新作として鑑賞する人もいるだろう。そしてその目で見てしまうと、この実直で真面目な作画技術があまりにも自然すぎるが故に、観る人によっては退屈に見えてしまう可能性もある。

 ただ、そう思ってしまうのは余りにももったいない。普段見慣れているものがアニメとして表現されて、なおかつ自然に見えるということが、どれほど素晴らしく偉大なことなのか、その技術力の高さに注目してほしい。本作のような本来あるべきとも言える真っ当なアニメ作品が今の時代に登場したことに、強い安心感を覚えたとともに、この路線もまたクリエイターの方に継承していただくためにも、その魅力を発信しなければいけないと強く感じたほどだ。

 今作こそが世界に誇る日本アニメの作画技術の最先端の1つであることは間違いない。だが、もしかしたら、継承者がいなくなり数十年後には失われてしまうかもしれない技術であるかもしれない。今後の日本アニメがどうあるべきか、考えるきっかけも与えてくれる作品になったのではないだろうか。

■公開情報
『鹿の王 ユナと約束の旅』
公開中
声の出演:堤真一、竹内涼真、杏、木村日翠、安原義人、桜井トオル、藤真秀、中博史、玄田哲章、西村知道
原作:上橋菜穂子『鹿の王』(角川文庫・角川つばさ文庫/KADOKAWA刊)
監督:安藤雅司、宮地昌幸
脚本:岸本卓
キャラクターデザイン・作画監督:安藤雅司
コンセプトビジュアル:品川宏樹
美術監督:大野広司
色彩設計:橋本賢
撮影監督:田中宏侍
音響監督:菊田浩巳
音楽:富貴晴美
アニメーション制作:Production I.G
配給:東宝
(c)2021「鹿の王」製作委員会
公式サイト:https://shikanoou-movie.jp/
公式Twitter:https://twitter.com/shikanoou_movie

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