池松壮亮×伊藤沙莉×尾崎世界観が語り合う、『ちょっと思い出しただけ』の大切な時間
“松居大悟の別種の代表作を作る”ために
――劇中で流れる6年という月日に関しては、演技面ではどのように作っていったのでしょう。
池松:圧倒的な映画の嘘ですからね。はじめましての伊藤さんと2週間の撮影期間で6年を過ごすというのはなかなか難易度が高かったですが、色々と試しながら2人の空気を探していけたように思います。撮影順が2人が離れたところからどんどん密になって出会いに遡っていくところを目指していけたのは良かったと思います。あとはやはり、コロナという決定的に戻れない転換期を世界が迎えたこと。個人レベルでもその経験は生きてきましたし、自分自身のシーンにおいてはこのタイミングで過去を振り返るという作業はあまり大変ではなかったと思います。
伊藤:私は演じる上で複雑な作業があまり得意ではないので、「ここはいっぱい好きでいいんだ」といったようなレベルを重ねていっただけです。個人のシーンにおいては、そのシーンでどう思っているかを演じれば自然と生きてくると思っていました。厳密に「ここは3年目だから」というようなことはやらなかった……というかやれなかった感じです。あんまり得意じゃないから(笑)。
池松:自分自身の過去と向き合うような作業はありました?
伊藤:ああ、ありました。映画を観た人たちもスタッフの皆さんもそうだと思うのですが、この題材はやっぱり自分たちそれぞれが歩んできた6年をちょっと思い出すものでもあると思います。自分自身も思い出して、重ねたところはありますね。
尾崎:衣装も変わっていったり、歌というものがあったので、時制に関してはそこまで気にしなくていいのかなと思っていました。妖精的なポジションでもあるし。
――お三方がそろう高円寺のダンスシーンは、非常に重要な名シーンでした。松居監督は尾崎さんの歌唱に合わせるタイミングに気を配ったと話されていましたが、皆さんはどんな思い出がありますか?
尾崎:特にどういうシーンかも説明されずに「とにかく歌ってくれ」という感じでしたね。
池松:そうですね。風景として流れてしまったもの、どこかで埋もれさせてしまったものを遡る話なので、タイミング的なきっかけをきっかけとし過ぎるのは良くないなと思っていました。
伊藤:ただそのぶん、喋っていくなかでダンスに入る流れがちょっと難しくて、そこは苦労しましたね。ワンカットで撮ってくれてよかったなと思います。
尾崎:伊藤さんがダンスに入るとき、バンッてジャンプした音でびっくりしちゃって。それでどうしようかと思ったけど、あんまりそっちを観ちゃいけないから、そのまま頑張りました(笑)。
池松:妖精ですからね(笑)。
尾崎:うん。あと覚えているのは、高円寺のガード下で撮っていると飲み屋から出てきた人たちに池松くんや伊藤さんが気づかれて「すごい」と言われていて、悔しかったこと。
池松:(笑)。あのシーンの尾崎さんは特殊メイクをしてたから、パッと見、尾崎さんだとわからないんですよね。
尾崎:でもそのときは変装してることを忘れてて、「俺だけ気づかれなくて悔しいな」と思いながら二人を眺めてて(笑)。そのあと、本番前に緊張をほぐすために声を出したら「あっ」と気づいてもらえて、うれしかったです(笑)。
――以前、池松さんにお話を伺った際「松居大悟の別種の代表作を作る」という想いで本作に臨んだと伺いました。松居監督の作品をよく知る尾崎さんと伊藤さんは、いかがでしたか?
尾崎:完成したものを観たときに新しさを感じましたね。これまでの松居くんの映画や舞台は最後に暴走しがちで、そこはずっと本人にも伝えていたんです。今回もそうなるんじゃないかと少し気にしていたんですが、そこは池松くんが止めてくれると言っていたので(笑)、行き過ぎないものになると信じていました。もちろんこれまでの作品のように、松居くんが徹底的に自分と向き合っているものも魅力的ですが、今回はより外に向いていて、松居くんのそんな作品に携われたことがうれしいです。
伊藤:タクシーが空を飛ぶ、みたいな話をしていたときもあったので「そうならなくて本当に良かったです」と伝えました(笑)。今回は監視役に恵まれていたと思います。
池松:(笑)。
伊藤:松居さんの作品にはピュアな素敵さがあって、この作品でもその要素はゼロじゃないんですが、現実的な要素がより入っていてすごく好きです。新しいところに行った感じがありました。
――池松さんは恋愛シーンを「恥ずかしかった」と述懐されていましたが、伊藤さんはいかがでしたか?
伊藤:恥ずかしいセリフは結構池松さんが担ってくれていた気がしますね。「夢で……」のくだりとか(笑)。
池松:ほらでも、水族館のところとか。
伊藤:「この星に人間は私たちだけって気がしない?」とかね(笑)。でも、恋愛しているときってきっとそういうのだらけな気もするんです。恋人同士の時間って、人に話すとなると言えないことばっかりだなって。その空気に酔ってるじゃないけど、今の自分たちがいる世界が好きで安心できるから、そういう発言ができる。そう思うと、全然不自然ではないんですよね。
尾崎:水族館のシーン好きでしたよ。シロクマに向かって2人で「しーっ」てやるの、いいなぁと思って。
池松:(苦笑)。
尾崎:照れも含めてすごくリアルだと思ったし、観ていて幸せな気持ちになりましたね。
――池松さんの“抵抗感”は、お芝居の鮮度を保つために大切にされているものなのでしょうか。
池松:そうですね。利用しているところはありますね。
尾崎:ずっとやっていると、やっぱりイメージが固まってくるもんね。
池松:まず自分が、このタイミングで恋愛ものをやると思っていなかったんですよ。映画のジャンルとしては素晴らしい作品が沢山もあるし、人間を語るうえで、恋愛って結構使いやすいというか窓口として機能しやすい。そういった意味で恋愛映画は常に研究対象ではあるんですが、なかなか自分がやりたいと思える恋愛ものがなかったし、縁がないなと思っていました。ただ今回は、恋愛を窓口にしつつ、それを超えたところに行けるような気がしていて。ちょっと思い出すことがパートナーでなくたっていいわけですし、家族やペットでも、ものや場所でもいい。コロナという時代の節目を経て、様々な別れがあったと思うんです。何らかの理由でもう会えなくなった存在やそういう自分を思い出して、「いまはもう大丈夫だから生きていくね」という決別ができる、すごく意義のある企画だと感じました。
尾崎:確かに。『ちょっと思い出しただけ』はいまの気分をちゃんと形にしてくれた作品だと思っています。高校生の頃に『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観たときの気持ちが、また新しい形で伝わったらうれしいですね。いまの世の中はなかなか言語化できないような状況ですが、表現者としては、ある意味で材料をもらったような感覚もあります。それが初めに形になった手ごたえが、確かに自分の中にあります。
伊藤:先ほど「自分の過去と向き合う」という話をしましたが、私たちが無意識的にも意識的にも「映画作りとして」作業していたことがお客さんに伝染するのは、すごく面白いと思います。そうやって伝わることは映画としてすごく素敵だし、みんなが振り返ってもいいと思うんです。別に前だけ見るのがいいわけじゃないですし。そうやってゆっくり進んでいくための杖や答え合わせになれたらいいなと思います。
■公開情報
『ちょっと思い出しただけ』
全国公開中
監督・脚本:松居大悟
出演:池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、尾崎世界観、國村隼、永瀬正敏
主題歌:クリープハイプ「ナイトオンザプラネット」(ユニバーサル シグマ)
制作・配給:東京テアトル
宣伝:FINOR
制作プロダクション:レスパスフィルム
製作:『ちょっと思い出しただけ』製作委員会(東京テアトル ユニバーサル ミュージック)
2021年/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/115分
(c)2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会
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