『カムカムエヴリバディ』安子はなぜ英語を学ぶのか 娘・るいの問いに答えられない理由

安子(上白石萌音)はなぜ英語を学ぶのか

 彼女にとって、英語とは稔との運命の出会いを思い返させるものであり、それを学ぶ時間は彼を想う時間だ。1939年での出会いから、1948年。約10年間の月日、彼女はその“時間”を失ったことはない。その中で印象的なのは、前回ロバートと初めて会った時が安子にとっての初めての実践英会話であったにもかかわらず、今回彼に稔のことを話すにつれてどんどん英語が流暢なものになっていく点である。そのネイティブに近い発音も素晴らしいが、英語の長台詞を暗記して話す以上に、しっかりキャラクター(安子)の心情をのせた「言葉」として話した上白石萌音の俳優としての力量には目を見張るものがある。

 安子はずっと誰かに言いたかった、でも言えないで心のうちで溜めていた本心を、英語で話す。英語だから、話せたのかもしれない。彼女はその一時は禁じられた言語を、胸のうちに秘めた想いのように、娘のるいといる時だけ大事そうに、内緒話のようにささやき続けた。雉真の家に以前いたときも、辛かった大阪時代にも、他人に稔を失った悲しみを訴えることをしなかった。安子はそういう大切な感情を、大事に胸のうちにしまっておくタイプのように思える。だからこそ、英語で彼女の本心が語られたことに大きな意味があるのではないだろうか。そして目の前の米軍将校に向けて「なぜ」と訴える。これまでずっと、誰かに訴えたかった言葉を。

 自分の夫はもう帰ってこないのに、彼を奪った国の言語を今でも一生懸命に学んでいる。彼女の葛藤は、喫茶店「Dippermouth Blues」の店主・定一(世良公則)が抱えるものと同じだ。戦前に米文化を愛したこの時代の人々は、戦後こんなふうに苦しんでいたのかもしれない。2人は相反する感情を抱くその文化を愛し続ける、矛盾した自分の気持ちに折り合いがつかないから、自分自身でも「答え」を探している最中なのである。

 安子の感情が今までにないほど爆発した第29話だったが、娘のるいの感情の機微にも焦点が当てて描かれているところに “世代交代”を感じさせられた。もう、るいの物語は始まっているのである。なぜ、祖母はああで、雪衣さん(岡田結実)は意地悪なことを言って、お母さんは自分と距離を作ってしまったのか。「問い」ばかりが生まれるその複雑な幼少期の記憶と、額に残る傷が、今後るいの人生にどのような影響を与えていくのかにも注目したい。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:上白石萌音、深津絵里、川栄李奈ほか
脚本:藤本有紀
制作統括:堀之内礼二郎、櫻井賢
音楽:金子隆博
主題歌:AI「アルデバラン」
プロデューサー:葛西勇也・橋本果奈
演出:安達もじり、橋爪紳一朗、松岡一史、深川貴志、松岡一史、二見大輔、泉並敬眞ほか 
写真提供=NHK

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「国内ドラマシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる