『マリグナント 狂暴な悪夢』の喜ばしい驚き 内包された“自由”を巡るテーマにも着目

※本稿は『マリグナント 狂暴な悪夢』のネタバレを含みます。

 驚きが多すぎるよ、『マリグナント 狂暴な悪夢』(以下、『マリグナント』)。もし私が漫画の世界に生きていたら、「……!?」という吹き出しが五分おきに頭の上に浮かんでいたに違いない。前情報なしに観るべき、ただその一つの前情報を握りしめて映画を鑑賞しに行くと、超ハイテンションで始まるオープニングに呆気に取られる。この時点ですでに監督を務めたジェームズ・ワンが、本作では“『死霊館』のワン”ではないと感じた。

 『マリグナント』を形容するのは難しい。ホラー映画とも、アクション映画とも、ジャンルスイッチ映画とも、何とでも言えてしまう。ただ、一言で言うなら“美しい”。本作が“美しい”のは、「映画を観る楽しさ」を改めて思い出させてくれたことにある。

ジェームズ・ワン監督

 ある程度映画を鑑賞している人はなおさらだが、そうでなくても勘のいい人にとって昨今の映画は、次の展開が読めてしまうものが多い。例えば 「死亡フラグ」。なんとなく過剰に主人公に対して善行をした人だったり、決戦の前で「この戦いが終わったら」とか希望的な発言をし始める人だったり。「あ、こいつ死ぬわ」と思う登場人物が案の定、お亡くなりになってしまうフラグ。それは言い換えれば定式であり、お決まりのパターンとも言う。目の肥えてきた観客ほど、だいたい察しがつくものだ。しかし、『マリグナント』はその死亡フラグを余裕でスルーしていく。物語の終盤、マディソン(アナベル・ウォーリス)の妹シドニー(マディー・ハッソン)が廃墟となった精神病医院にマディソンの出生の秘密を探りに行く。案の定、乗り込むのは夜中で、たった一人、そして資料室はお約束の“地下”。しかし肝が据わり過ぎている妹は、戸惑うことも難航することもなくあっさり資料室に到着して、マディソンのカルテを手に入れる。しかしそこで聴こえる物音。死亡フラグだ。「うわ、妹やられちゃう?」と思った次の場面転換、なんと普通に家に帰って手に入れたビデオをデッキに入れる妹の姿が映されていたのには思わず笑ってしまった。豪胆で清々しく、完全にいい意味で期待を裏切られた瞬間である。

 ほかにも、主人公がイマジナリーフレンドのガブリエルを「悪魔」と呼んでいたことを明かした時「ああ、やっぱり悪魔系か」と、我々に思わせる。なぜなら、それが今までワンが『死霊館』と『インシディアス』でやってきたホラーだからだ。しかし、その“正体”は全く予想だにしない、寄生性双生児であった。

 このガブリエルがすごい。ゲーム『モータルコンバット』の新しいゲストキャラクターになりそうなほどの殺戮っぷり。ここにも、いくつもの“驚き”があった。映画のはじめ、DV夫の前に現れたシーンは幽霊ホラーのような見せ方をしている。その後も暗闇を生かした恐怖演出など、実態のない霊や悪魔を相手にしているような恐ろしさを際立たせたが、そこから徐々にマディソンの実母を誘拐したシークエンスで幽霊というより“魔物”的な印象に変わり、ケコア・ショウ刑事(ジョージ・ヤング)とのチェイスシーンで一気に実像を持たせた。緩やかにガブリエルの正体のヒントを散りばめながら、その時々の限られた情報下で魅せるホラー描写の引き出しの多さは、さすがワンの手腕を感じる。

 彼が劇中に忍ばせたヒントはいくつもある。最初にマディソンがガブリエルに襲われかけてドアを閉め、「It’s all in my head」と自分に言い聞かせるシーン。そこには誰もいない、ただの私の思い込みという意味だが、直訳的に考えると“確かに”彼女の頭のなかにずっと“誰か”はいたのだ。なにより、一瞬映るオープニング映像の中のドキュメントをよーく見ると「二つの頭を持って生まれた(birth with two heads)」という文言が書かれているなど、実は最初からネタ明かしをしているのも大胆!

 そしてガブリエルの殺人シーンもゴア描写として描くにとどまらず、美しいカメラワークで見せるアクションシーンとして思い切って描く。その清々しさに恐怖に勝る快感と、思わず笑ってしまうようなコミカルささえ滲み出ているのだから、『マリグナント』は本当に見どころとサプライズに富んでいる。飽きて展開を予測する暇もないし、全く読めない。その「心底、次に何が起きるのかわからない」という“ワクワク感”を我々に届けてくれたことが、本作における数多くの偉業のうち最も尊いものだ。

映画『マリグナント 狂暴な悪夢』最終予告編

 最終予告編でもワンのインタビューが切り取られており、そこで「絶対に今までと同じようなホラー作品にしたくないんだ。だってみんな想像できないような恐怖を求めているでしょ?」と話しているが、まさに彼は有言実行したのだ。しかし、真新しいものを作った一方で、ちゃんと“ワン映画の集大成”ともなっているのが『マリグナント』の持つ贅沢なうまみ。警察署での皆殺しシーンの印象的なカメラワークは、彼が『アクアマン』の冒頭でも使っていたものだし、ただ暴力的な恐怖を無意味にぶつけるのではなく、その背後にしっかりとしたテーマを忍ばせている作風もそうだ。

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