『カムカムエヴリバディ』安子と稔の恋を振り返る ロミジュリ要素はやはり悲恋に向かうか
1939年に出会った安子(上白石萌音)と稔(松村北斗)。14歳の安子が和菓子屋で店番をしていると、品のある大学生の稔が汗を拭きながら入ってきた。蝉の声が鳴り響く、暑い夏だった。安子も稔も、顔を合わせた瞬間にお互いの、またはどちらかの時が止まって突然恋が始まったわけではない。
「暑いですね」「土産を買いそびれてしまって」「ご家族にお土産ですね」、そんなふうに他愛もない店番と客の会話を交わしていた二人の空気感が変わったのは、わらび餅がよく出ると言っておきながら「せやけど私はおはぎがええ思います!」と、安子が稔の目を見て訴えたときではないだろうか。その勢いに押されて驚く稔は、そこで初めて彼女を“店番”ではなく“安子”として認識する。「なぜ、涼しげなわらび餅ではなく、おはぎを勧めてくるのだろう、この子は」。その些細な疑問は、目の前の少女のことを知りたいという好奇心に繋がっていく。彼女がおはぎを勧める理由も、自分が子供の頃から好きだったという個人的なものであり、稔にとって安子という人物像を捉える助けをした。
彼は彼女の言う通り、おはぎを買うことにするが、その後も気さくな安子はどんどん自分のパーソナルな話を続ける。「“あんこ”とバカにされている」というくだりから、自然と自分の名前を紹介するなど、実は相当高いレベルの技を無意識に撃ち続けていた安子。印象的な出会いをした相手の情報が多ければ多いほど、別れた後その人を考える材料となるものだ。稔も帰宅後に「あの店番の子は菓子屋の娘さんで、安子ちゃんっていって、あんこって呼ばれるのを気にしているんだ……子供の頃からあんこ好きなんだな……」と、考えていたかもしれない。
実はこの時点では、安子は稔の情報を持っていないし、知ろうともしない。あくまで一人のお客として、一線を引いた認識しかしていないのだ。それが覆るのが、セカンドエンカウントである。
後日、再び雉真家におはぎを届けにいく安子を出迎えた稔。やっぱり安子にもう一度会いたくて……? と思いきや、「君、配達もするんか」「僕じゃなく父が注文した」と、その再会に一歩引いた様子。そして弟の勇(村上虹郎)が出てきたことで彼が「あんこのくだり(安子の話)を覚えていた」だけでなく、「ガキ大将の勇のお兄さん、こんな感じなの!?」というギャップと衝撃を与え、その流れで名乗ったことで、安子が彼を“客”から“稔”と認識することになる。そして今度は俺のターンと言わんばかりに、畳みかけるように目の前で突然流暢な英語を披露した稔。ここで逆に、安子の中に稔に対する「なぜ」が生まれたわけだ。そして、ジャズ喫茶でルイ・アームストロングの「On the Sunny Side of the Street」が流れる頃には、安子の胸に甘い夢のような想いが芽生えていた。恋の始まりとは、こんなふうにお互いのことをもっと知りたいと思い始めることではないだろうか。たとえそれが、身分差のある“ロミジュリ恋愛”だとしても。