Netflix『THE GUILTY/ギルティ』は2020/21年という時代を不気味に象徴している

荻野洋一の『THE GUILTY』評

 『THE GUILTY/ギルティ』は、911番(日本の110番&119番に相当する緊急ダイヤル)のオペレーターを演じる主演のジェイク・ギレンホールだけをずっと撮っている。ハリウッドらしからぬミニマル手法だが、意外なことに単調さとも退屈さとも無縁で、最初から最後まで手に汗握る。2021年10月1日にNetflixでストリーミングが開始されると、全世界であっという間に約7000万回試聴に達し、91カ国で1位となっている(参照:DEADLINE「Jake Gyllenhaal On Antoine Fuqua Netflix Film ‘The Guilty’: 69 Million Households, No. 1 In 91 Countries」)。

 主人公のジョー(ジェイク・ギレンホール)にとって、911のオペレーターを務めるのはどうやら不本意なことらしい。作品が始まってすぐにLAタイムズの記者から「あしたの公聴会について話を伺いたい」と電話があり、また上司とのやりとりからジョーは元々はロス市警の刑事だったが、重大な問題を起こして現場を外されたことがすぐにわかる。妻と小さな娘とも別居となり、問題をたくさん抱えた彼はぜんそくの吸入薬をさかんに吸い込み、不眠症も悪化させ、抗うつ剤のタブレットを欠かせなくなっている。そこにもってきて、この日彼が取った通報は、誘拐事件である。たったいま誘拐されたばかりの女性が、容疑者の車から911をかけて寄こしたのだ。

 『THE GUILTY/ギルティ』はとにかく問題という問題を、これでもかと積み重ねてくる。作品のファーストカットは、ロサンジェルス市街にいまにも達しようとする山火事の大ロングショット。消防、救急、警察は山火事対応で大わらわでだというのに、あいかわらず市内では凶悪事件、暴動、薬物中毒者の助けを求める叫びがこだまし、否が応でも問題が重層化していく。そして重層化した問題をひとりで受け止めるのが、個人的にも諸問題に苛まれ、いまにも自壊しそうなオペレーターなのである。カメラは緊張し、疲労し、狼狽し、我を忘れて絶叫するジョーだけを撮りつづける。半径2メートルだけで作られた作品だ。

 しかしこのユニークさは、この作品の製作チームのアイデアでも、提供したNetflixの発明でもない。2018年に発表され、高い評価を得た同名のデンマーク映画『THE GUILTY/ギルティ』(監督:グスタフ・モーラー)のリメイク権を、ジェイク・ギレンホールの製作チームが取得したのだ。今回のハリウッド版リメイクは、オリジナルのデンマーク版と多くの相違はなく、デンマーク版でも緊急ダイヤルオペレーターだけを撮ったワンセットドラマだし、物語の改変もセリフの変更もほとんどない。それほどまでにデンマーク版『THE GUILTY/ギルティ』の完成度が高かったと言うことができる。

 ただし多くはない変更部分にこそ、アメリカ的な事の本質が見え隠れしているようにも思える。ひとつは山火事。山火事はこの作品の抱える不安と無秩序の通奏低音としてつねに鳴り響いているが、山火事はこのリメイクで付け足されたことだ。オリジナル版では舞台となるコペンハーゲンの街じたいには深刻な危機は迫っておらず、整然とした北欧の都市で起きたローカルな悪夢としてのみ描いている。もうひとつは家族の崩壊。ジョーは勤務中である夜中の2時に愛娘の声が聞きたくなり、別居中の妻に電話をかけて不興を買う。「もう終わりにしましょう」と電話の向こうの妻は疲れきった声でジョーを拒む。ここにひとつの家族が消滅しようとしている。最もマクロな視点で山火事。最もミクロな視点で家庭崩壊。誘拐サスペンスに集中し、たぐいまれな緊張感を演出したデンマーク版とはちがい、ハリウッド版リメイクはマクロ/ミクロの問題のさらなる重層化によってサスペンスを扇動する。



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