山下智久主演リメイクで話題 日本でヒットしなかった『建築学概論』が今も愛される理由
しかしながら、作品のメインテーマである“初恋の記憶”という多くの人が味わったであろう人生のターニングポイントに向かって、大人になってからの新たなターニングポイントから一気に引き戻されていく様は、ただひたすら観客の“記憶”を刺激し続けるのである。公開当時のプレスに掲載されたイ・ヨンジュ監督のインタビューには、監督の友人の話としてこんなエピソードが書かれている。「昼間に恋人と観に行って、泣きたくても誤解されると思い我慢し、夜レイトショーでもう一度ビール缶を隠し持って観に行く。するとあちこちから、プシュッと(ビール缶を開ける)音が聞こえた」。こんなにもこの映画をわかりやすく言い表したエピソードは存在しないだろう。
初恋をある種美化して記憶し、良くも悪くもそれに縛られ続けるというのは女性よりも男性によくあることかもしれない。とはいえこの映画では、男性も女性も“初恋の記憶”に囚われたまま大人になったことが描写される。一見するとこの映画は単なる“初恋賛美”のように思えて、実はそこからどのように脱却し、どのように生きていくのかという選択を与えてくれる117分なのだ。それは初恋に限った話ではない。自分の生まれ育った街の知らない表情を見ることや、家の建て替えによって過去をアップデートすること、残すべき思い出を残し、捨て去るべきものは捨て去ったうえで新たなスタートを切るということ。
前を向いたまま過去や記憶と向き合い、リセットをする。それは時代を問わず誰しもどこかのタイミングで必要な作業であり、『建築学概論』から10年が経つタイミングで『恋に落ちた家』としてリメイクされることのひとつの意味がそこに確かに見出せるはずだ。ましてやこの2年の世の中の動きを経験し、他者との繋がりや当たり前のように往来していた故郷と疎遠になってしまった人にとっては尚更だろう。いまは世界中の多くの人が、過去から未来へ向けた大きなターニングポイントの上になんとか堪えて立っているのだから。
『恋に落ちた家』で山下は、伊吹という名の主人公を演じる。現時点では他のキャストについて発表されていないが、オリジナル版ではスンミンもソヨンも現在と過去それぞれのダブルキャストが用意されていた。それが再現されるとすれば、山下は年齢的に現在の大人になった主人公ということだろう。大学生時代を山下が演じることもできなくはないと思うが、ダブルキャストとして若き伊吹を誰が演じるのかは楽しみにしておきたいところだ。
そしてもちろん、この作品の成否を握っているのは大学時代のヒロインを誰が演じるかということである。オリジナルでソヨンの大学時代を演じたのは、後に『スタートアップ 夢の扉』などに出演するぺ・スジ。当時はまだMiss Aというグループの一員で、演技経験も乏しかった彼女だが、このソヨン役をきっかけに“国民の初恋”と称される大ブレイクを果たしたのである。『恋に落ちた家』のあらすじを見る限り、ヒロインの役名は李由梛と韓国名が当てられており、こちらも誰が配役されるのか注目しておきたい。
また前述した“ローカライズ”の部分で、極めて重要になるであろうポイントがふたつある。ひとつはオリジナルで済州島だった家の建設予定地だ。こちらについてはすでに静岡県の西伊豆になるとアナウンスされている。ということはヒロインは“済州島のピアノ教室”から“西伊豆のピアノ教室”になるのだろう。そしてもうひとつは、オリジナルの主題歌としても使われた展覧会の「記憶の習作」がどうなるのか。物語の過去軸の設定は2002年。その頃の日本のヒット曲が使われるのだろうか。
いずれにせよ、公開時期もまだアナウンスされておらず、そのかたちがまるで見えていない『恋に落ちた家』。『建築学概論』に魅せられた一人としては、複雑な気持ちがゼロではないのは事実だが、どんな作品になるのか強く期待している。