ハリウッドにも影響与えた9.11 衝撃作『モーリタニアン』が暴くアメリカ側の問題

『モーリタニアン』が暴くアメリカ側の問題

 もう一つ、映画としての特徴は、主演のジョディ・フォスター、そしてプロデュースも兼ねたベネディクト・カンバーバッチというスター俳優を揃えながら、彼ら自身の要望によって出演時間が必要以上に多くならないよう意識されたことだ。とは言っても出番が少ないわけでもないのだが、ここで志向されたのは、実質的に「白き救世主」問題の回避と言える。この“The white savior problem”とは、テーマに深く関わっているはずの非白人キャラクターを深堀りせずに白人キャラクターの活躍や心情描写に偏ってしまう傾向を指す。一方『モーリタニアン 黒塗りの記録』で特にドラマティックなシークエンスを担当するのは、ジャック・オーディアール監督『預言者』(2009年)で知られるタハール・ラヒム演ずるスラヒだ。

「『預言者』以降、10年にわたって印象的な活躍をつづけてきたタハール・ラヒムだが、アメリカでの知名度は高くない。それが、マクドナルド監督のキャスティングにうまく働いた。映画の序盤、米国の観客はハリウッドが植えつけた(ムスリム俳優≒テロリスト役といった)偏見をスラヒに投影していく。しかしながら、監督は、この役に世代最高の俳優を配したのだ。観客は、謎多きキャラクターにめいいっぱい共感する方向へと導かれていく」(ピーター・ディブルーシュ、The Variety)

 展開が進むにつれて過去が明かされていくミステリ構造をも味方にしたスラヒこそ、物語の主人公なのだ。衝撃的な問題を扱いながら鑑賞しやすさを保つ本作だが「白き英雄」問題の回避、なによりラヒムの名演によって、深き情緒をも授けるだろう。

 「いまだ閉鎖されないグアンタナモ収容所……あれが人権の尊重だとも?」。2021年6月、米露会談後にロシア連邦のウラジーミル・プーチン大統領が放った言葉だ。『モーリタニアン 黒塗りの記録』で描かれるグアンタナモ収容所の問題は、建国時より掲げられた「アメリカの正義」概念を大きく揺らがし、結果的に、ハリウッド映画までも変えたと語られている。ここで留意すべくは、プーチンの皮肉な指摘にもあるように、この問題が今なお続いていることだ。2021年現在でも39名ほどが収容されており、バイデン政権が目標とする閉鎖には至っていない。他方、解放後テロ活動に参加する元収容者の存在も報告されており、8月には米軍が撤退を決めたアフガニスタンの政府転覆に加わった元収容者も確認されている。ゆえに、9.11、対テロ戦争開始の20年後に公開されることとなった『モーリタニアン 黒塗りの記録』は「かつての問題」ではなく「今日の問題」として鑑賞されるべき作品に他ならない。

■公開情報
『モーリタニアン 黒塗りの記録』
10月29日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督:ケヴィン・マクドナルド
出演:ジョディ・フォスター、ベネディクト・カンバ―バッチ、タハール・ラヒム、シャイリーン・ウッドリー、ザッカリー・リーヴァイ
原作:モハメドゥ・ウルド・スラヒ『モーリタニアン 黒塗りの記録』(河出文庫)
配給:キノフィルムズ
提供:木下グループ
2021年/イギリス/英語・アラビア語・フランス語/129分/ドルビーデジタル/カラー/スコープ/5.1ch/原題:The Mauritanian/G/字幕翻訳:櫻田美樹
(c)2020 EROS INTERNATIONAL, PLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:kuronuri-movie.com
公式Twitter:https://twitter.com/kuronuri_kiroku

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