小松菜奈は川のような俳優である 初単独主演作に相応しい『ムーンライト・シャドウ』

小松菜奈は「川」のような俳優である

 そんな小松のキャリアにおいて、本作『ムーンライト・シャドウ』は初の単独主演作としてまさに相応しい作品なのではないだろうか。主人公・さつきの感情を観客に訴えるのに、シナリオに書かれている(のであろう)セリフを拠りどころとしているシーンももちろんあるが、セリフが完全に排されているシーンもあれば、モノローグで心情を語るシーンも多い。音声をともなって発される言語だけでなく、所作を示す身体や表情といったものにも雄弁な言語があるのだと、エドモンド・ヨウ監督と小松のタッグは改めて証明しているように思える。彼女がこれまでのキャリアで培ってきたものが、この作品でしっとりと湧出しているようなのである。

 さて、冒頭にて小松のことを「川の水のような俳優」だと述べたが、川とは、つねに流れるものだ。たとえば、その川の水面にカメラを向けたとする。するとフレーム内いっぱいに、ただ水面だけが映し出されることだろう。川の水は、あくまでも川の水だ。しかし、1秒前にフレームで切り取った川の表情は、その流れによって、1秒後にはまったく違うものになっているはずである。あるいはそこに、気泡が浮いてくるかもしれないし、そのときの環境状態によって、水に何かが混じっているかもしれない。生き生きと魚が跳ねることがあれば、陽光を反射しキラキラと輝くこともあるだろう。そして自然界に属するそれは、私たちに喜びを与えることがあれば、ときに恐怖を与えることもある。フレームに収められ、スクリーンに映し出された小松菜奈という俳優もまた、絶え間ない変化をする存在だ。これは生きているものならば、何だって同じこと。ところが小松は川のように、畏敬の念すら抱かせる。私がファーストショットを目にした時点で胸騒ぎがしたのはこのせいだ。そうして水のように、観客の胸の奥にまで染み込んでくる。

 『ムーンライト・シャドウ』は、スクリーン内における“小松菜奈≒川/水”という図式を発見した作品だと思う。そしてこのような作品を初の単独主演作に選んだところに、小松の映画俳優としての頼もしさがある。川は前進することがあっても、後退することはない。本作でさつきが取る行動とも、完全に通底している。小松菜奈もまたそうなのだろう。

■公開情報
映画『ムーンライト・シャドウ』
全国公開中
出演:小松菜奈、宮沢氷魚、佐藤緋美、中原ナナ、吉倉あおい、中野誠也、臼田あさ美
原作:『ムーンライト・シャドウ』吉本ばなな(新潮社刊『キッチン』収録作品)
監督:エドモンド・ヨウ
脚本:高橋知由
配給:SDP、エレファントハウス
(c)2021映画『ムーンライト・シャドウ』製作委員会
公式サイト:moonlight-shadow-movie.com
公式Twitter:@moonlight_sdw
公式Instagram:@moonlight_sdw

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