カンバーバッチが“普通のオッサン”に? 『クーリエ』で愛すべき小市民を完全体現
ベネディクト・カンバーバッチは、身長が伸びたり縮んだりする! 私はそんなカンバーバッチ伸縮自在説を提唱している。私が勝手に唱えている説だが、彼は身長をコントロールしているように思うのだ。代表作『SHERLOCK/シャーロック』(2010年)や『ドクター・ストレンジ』(2016年)は180センチ超に見えるが、悪役を演じた『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2013年)では、長い手足を存分に伸ばしてアクションをやっていたせいか、190センチくらいに見えた。そしてこの度、9月23日より劇場公開となる最新作『クーリエ:最高機密の運び屋』(2020年)では、逆に170センチ後半程度、実際の身長よりずっと小柄に見えるのだ。本作は優れたヒューマンドラマだが、同時にカンバーバッチ伸縮自在説を体感できる1本でもある。
物語は米ソ冷戦ド真ん中の1960年代。ソ連とアメリカは意地を張り合って核兵器開発を続け、核戦争待ったなしの緊張状態に。アメリカの諜報機関CIAとイギリスのMI6はソ連から機密情報を運ぶパイプ役を作ろうとするが、公職にある人間を送り込むのは目立ちすぎると考え、民間人に運ばせるという奇策をひねり出す。そして「ソ連に出入りしてもおかしくない民間人」として白羽の矢が立ったのが、イギリスで工業系の営業マンをしているウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)だった。ウィンは小さな家に住み、妻と子と3人暮らし。普段は営業と接待ゴルフに精を出し、数少ない特技はユーモアを交えた営業スキルと酒に強いこと。つまりは単なる営業マンのオッサンであった。そんな普通のオッサンであるウィンが、いきなりMI6とCIAに呼び出され、ソ連にスパイとして潜入しろと迫られる。とりあえずソ連に行くウィンだったが、営業マンとして培った社交スキルを使って、ソ連の人間たちの信頼を勝ち取ることもできた。あまりにうまくいったので、MI6&CIAと“引き続き何卒よろしくお願いします”状態に。しかし……。最初こそユーモラスにやっていたウィンであったが、やがて「え、僕が運んでいる資料って、核兵器の情報なんですか?」と衝撃の事実を後になって知らされたり、スパイ行為をやっているせいで人間不信に陥ったり、嫁から浮気を疑われたり、さらにKGBにマークされたりと、シャレにならない事態に陥っていき、遂には……。
「カンバーバッチが普通のオッサン? 無理がないっすか?」と思った方もいただろう。そう思っても仕方がない。彼は『世界で最もセクシーな映画スター』で1位に選ばれたこともあるうえに、奇人・変人・天才がハマり役だ。ブレイク作となったテレビドラマ『SHERLOCK』や『ドクター・ストレンジ』もその系統にある。ホーキング博士やエジソンと言った歴史に名を遺す天才を演じているし、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014年)なんかもそうだ。そんな彼にごくごく平凡な一般庶民のオッサンなんて似合わない、『北斗の拳』で言うところの「お前のようなオッサンがいるか」状態になる……かと思いきや、本作ではちゃんと普通のオッサンになっているのだ。作り笑いを浮かべて営業トークを交わし、接待ゴルフを終えて帰ってくると、晩酌しながら妻に愚痴をこぼす。カンバーバッチのくたびれた表情には、頼もしいストレンジ先生の面影は微塵もない。体感身長も170センチ後半くらいの、やや軽薄で頼りない、ごくごく普通のイギリスのオッサンだ。