2021.08.15 10:00

エミリー・ブラントが体現する力強き女性像　『ジャングル・クルーズ』など近作での躍動

文＝宮代大嗣

走りながら考える女

『クワイエット・プレイス破られた沈黙』(c)2021 Paramount Pictures. All rights reserved.

　続編であることから、状況の説明よりもイメージの強い力で振り切ることで前作を上回った感のある『クワイエット・プレイス破られた沈黙』（ジョン・クラシンスキー監督／2021年）を思い出してみても、近年のエミリー・ブラントには、常に走っている印象が強い。『ジャングル・クルーズ』は、そのもっとも足る作品で、エミリー・ブラントはとにかく走り続ける。弟のマクレガーは、フランク・ウルフに姉のことを説明する。「彼女は走りながら考えるタイプ」だと。この台詞は、本作のエミリー・ブラントについて的確に表しているだけでなく、エミリー・ブラントという女優のフィルモグラフィー全体を的確に表した言葉ともいえるだろう。

　エミリー・ブラントがハリウッドで一躍高い評価を得た『プラダを着た悪魔』（デヴィッド・フランケル監督／2006年）において、ファッション業界で働く野心的でありつつも、どこかで自分の持つ野心を背負いきれない愛すべき女性を演じて以降、エミリー・ブラントは、言いたいことを言うことで大きな代償を払い続ける女性を演じてきたともいえる。『ジャングル・クルーズ』で、マクレガーが説明するように、それは周りを振り回し、人を傷つけることもあるが、同時に彼女自身も大きな傷を負う代償を払っている。考えてから走るのではなく、走りながら考えていくそのスタイルは、決して他人に尻ぬぐいはさせないという意味で、常に責任を引き受けた女性像ともいえる。

　『ジャングル・クルーズ』で、溺れたところを救出されたリリーは、「なんでもっと早く助けてくれないの？」と、息を吹き返した、その矢先にフランク・ウルフにビンタをお見舞いする無礼が許されるし、そんな彼女ゆえに、フランク・ウルフの胸に刺さった剣を抜くリスクを負うのは、他ならぬリリーでなければ成立しない。

　エイミー・アダムスと共演した、姉妹で事故物件の清掃業を営む『サンシャイン・クリーニング』（クリスティン・ジェフズ監督／2009年）や、コリン・ファースと共演した、ロードムービー『アイ・アム・ニューマン新しい人生の見つけ方』（ダンテ・アリオラ監督／2013年）での、年上の素晴らしい俳優の受けに身を任せる演技は、エミリー・ブラントの観察眼をより一層磨いたはずだ。後者の作品における、迷える大人でありながら、寛大な色気でヒロインの走りっぱなしの感情をやさしく包み込むコリン・ファースとの共演。ここでコリン・ファースは、物語上、どうやって「受け」に回るべきか先回りして理解している、大人の演技を披露している。

『メリー・ポピンズリターンズ』(c)2018 Disney Enterprises Inc.

　『メリー・ポピンズリターンズ』では、転じて、子供たちの走りっぱなしの感情を受け止める側に回っている。メリー・ポピンズ役についてエミリー・ブラントは次のように話している。

「この女性は、痛みや喪失感、重苦しさを抱えて生きている人々の人生に入ってくるのですが、彼女は空気よりも軽い存在であるべきだと思いました。彼女は空気よりも軽く、竜巻のように入ってきて、すべてを一掃し、再びすべてを正しい状態にするべきなのです」

　竜巻のように現れて、激しく皆を鼓舞し、共に走り、すべてをあるべき状態に戻していく存在。これは『ジャングル・クルーズ』のリリーにも当てはまる。「正しい状態」とは、『メリー・ポピンズリターンズ』の歌にあるように、「見上げた空の一部になる」こと、ロンドンの景色を構成するその一人に還っていく、ということなのだろう。エミリー・ブラントはその演技によって、丁寧な観察者であることと、疾風のように駆け抜ける奔放性を同時に、矛盾することなく放つ、力強い女性像をスクリーンに提示している。

参照記事：How Emily Blunt's Stutter Led Her to a Successful Acting Career｜Marie Claire.com