『しかたなかったと言うてはいかんのです』が突きつける人間の生々しさ 古川健脚本の真価

古川健脚本の真価が発揮された戦争ドラマ

 この手の実話を基にしたドラマは実話部分とテーマを描くことでいっぱいいっぱいになって堅苦しいものになりがちだが、舞台を主戦場とする実力派の古川健の脚本によって層の厚い人間ドラマになっている。どうしようもない天災とは違って、戦争は人間がこの世に生きて考えて行動することで起こる。いたましい出来事は人間が引き起こしたものにほかならず、それを抑止するのもまた人間しかできないのである。多くの資料を元にして、その時代に生きる尊い者も矮小な者も、徹底して人間を見つめる古川は劇団チョコレートケーキで実話を元にした戯曲を多く手掛けてきた。

 たとえば、最近、再演された『一九一一年』は“大逆事件”について描いた作品である。12名の社会主義者たちが証拠不十分なまま天皇暗殺を計画した罪に問われ死刑に処された。主人公はその裁判に関わる予審判事で、彼らの冤罪を疑う。『帰還不能点』は戦前、総力戦研究所にいたエリート官僚たちが戦後、久しぶりに集い、戦争のきっかけを検証する物語。読売演劇大賞選考委員特別賞を受賞している『治天ノ君』は大正天皇の物語で、少年時代から天皇になるまでの彼の人生をヒューマンドラマとして描き出す。

 どれも、史実に基づいたフィクションで、歴史的事実に関わった人たちのあり得たかもしれない言動の数々。どんなに歴史的に大きな出来事に関わっていても、その出来事の巨大さよりも、人間としての感情や欲望、関わる人たちの関係性のほうを丹念に描き見応えがある。『しかたなかったと言ってはならんのです』もその手法によって我がことのように生々しく観ることができる。どうしても実話となると登場人物の多くが実話を説明する役割と化してしまいがちだが、古川の書くものは淡々と叙事的でありながら、その積み重ねがフィクションとしての熱っぽい色気を生み出す。登場人物が皆、生き生きとしている。むろん演じる俳優も。

 今回、太一を演じた妻夫木は若かりし頃から言われてきた“泣きの妻夫木”の面目躍如で、でもただの泣き虫ではなく、その涙はどこまでも澄んでいる。妻・房子を演じた蒼井優は映画『スパイの妻』も彷彿とさせる、毅然とした姿が堂に入っている。ふたりが面会室で窓越しに見つめ合う場面はまさに名優対決。テレビドラマでこんなに贅沢な芝居を見ることができるなんてと身を乗り出して見とれてしまうほどだ。2人の娘役は朝ドラ『おちょやん』の主人公・千代(杉咲花)の幼少時代を演じた毎田暖乃で、ここでもまた健気な娘を体当たりで演じて涙を誘う(本当に名子役である)。登場人物に皆、見せ場があり、西部郡大佐・進藤(山西惇)なんて実際いたらいやな感じの人物だが物語としては実にいいのである。永山絢斗も中原丈雄も若村麻由美も魅力的だ。

 あくまで筆者の個人的な思いだが、古川健にはいずれ近代を描いた大河ドラマに挑んでほしい。『しかたなかったと言ってはならんのです』はその記念すべき第一歩になり得る秀作である。

■放送情報
終戦ドラマ『しかたなかったと言うてはいかんのです』
NHK総合にて、8月13日(金)22:00〜23:15放送
出演:妻夫木聡、蒼井優、永山絢斗、鶴見辰吾、山西惇、辻萬長、中原丈雄、若村麻由美ほか
原作:熊野以素『九州大学生体解剖事件70年目の真実』
脚本:古川健
音楽:小林洋平
制作統括:三鬼一希(名古屋局)、熊野律時(大阪局)
演出:田中正(大阪局)
写真提供=NHK



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