評論集『脚本家・野木亜紀子の時代』
『重版出来!』が描いた“出版・書店業界のリアル” 藤原奈緒がお仕事ドラマとして読み解く
7月20日に評論集『脚本家・野木亜紀子の時代』がリアルサウンド運営元の株式会社blueprintより刊行される。
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同著は、「リアルサウンド映画部」にてドラマ評論を執筆する7名のライターによる書き下ろしの共著。野木が注目されるきっかけとなった『重版出来!』(TBS系)から、社会現象を巻き起こした『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、以下『逃げ恥』)、そして脚本家として不動の地位を築いた『MIU404』(TBS系)まで、代表作7タイトルを中心に取り上げながら、現代社会を鋭く照射する野木ドラマの深い魅力に迫る内容となる。
今回、同著に収録される『重版出来!』を藤原奈緒氏が執筆した「『重版出来!』は最高のお仕事ドラマだ」より、一部を掲載する。
野木亜紀子が描いた「仕事とは」ーー出版・書店業界のリアル
第5話は、「運」にまつわるエピソードだけでなく、本の「生の現場」と「死の現場」が同時に描かれる、重要な回でもあった。「生の現場」は大塚シュート(中川大志)が目の当たりにした、自身の初の単行本が本屋の平台に並
び、書店員の手作りPOP付きで置かれている、感動的な光景。一方、「死の現場」は、久慈(高田純次)が「この時期に必ず足を運ぶ場所」である古紙再生流通センターに同行した、心(黒木華)と小泉(坂口健太郎)が目の当たりにした、廃棄になった大量の本が運ばれ、断裁されていく光景である。彼らは共に言う。「決して忘れません、この光景を」と。
本を売る。重版出来を喜ぶ。その裏で、もう売れないと見切りをつけられ、廃棄リストに挙がり、処分されてしまう本も数多ある。光が差すところの近くには必ず影がある。「時代に飲まれ消えていくもの」に対する愛着と痛みをも、彼らは胸に抱き続ける。
出版業界・書店業界は、決して好景気とはいえない現状にある。取次・書店の連鎖倒産といった、「町の本屋さん」に差し迫る危機を語り合う第8話の和田(松重豊)とキタノ書店の店主の会話はまさにリアルな書店業界事情である。2021年現在、コロナ禍を経て出版業界はますます厳しい状況に追われ、出版社の倒産、雑誌の休刊・廃刊は後を絶たない。和田と営業部の岡(生瀬勝)のやりとりを通して描かれる「努力しなくても本が売れていた時代」との対比を通して、よりそのシビアさは伝わってくる。彼らが立っている場所は、危うい。放っておけば、「いずれ時代に飲まれ、消えてしまう場所」になりかねない。
だが、彼らは決してその場所にとどまろうとしない。とどまったらそこで終わりだからだ。過ぎ去った時代を懐かしみ固執するのでなく、より新しいものを取り込もうとする。電子書籍は、第7話の牛露田獏(康すおん)を巡る物語が描いたように、絶版となった名作をもう一度よみがえらせる力を持っていた。投稿サイトなどでの新人発掘、デジタル版の発
行、SNSを駆使することなどを通して本誌を盛り上げることに余念がない。時代に合わせて自在に形態を変え、どうやったら売れるかを必死で考えて動いている、出版業界の現場の今もまたちゃんと描いているのである。